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16 悪魔の鏡

「モブさん、クロ様を知りませんか」

「クロなら仕事が終わったらすぐ帰ったぜ」


 わたしの名前はリリー。

 太古の昔には邪神と呼ばれたこともありますが、今はただのクロ様のワイフです。


「ありがとうございます。すぐ探します」

「確か質屋を見に行くとか言ってたぞ」


 クロ様にはブレスレットを付けてもらっているので、居場所はすぐにわかりますが、モブさんにお礼を言って質屋に向かいます。

 今日はクロ様が働いているギルドに隣接したカフェに迎えに来たのですが、すれ違いとはツイてません。

 本当は毎日お迎えに上がりたいのですが、奥ゆかしいクロ様が気を使わなくていいと言うので、こうして時々お迎えに行くだけにしているのです。

 お仕事から帰ってきたクロ様を家でお迎えするのも、妻としては楽しいのでいいのですが。


 クロ様の反応がある質屋の前まで来ると、ショーウィンドウからクロ様のかわいい後頭部が見えました。

 質屋の扉を開くと、カランカラン、とベルが鳴りますが、クロ様は何かを熱心に見ていて、こちらに気づきません。

 何を見ているのでしょうか。わたし以外を夢中で見るなんてヒドイジャナイデスカ。


「クロ様」

「ひゃあっ!?」


 後ろから抱きすくめると、クロ様がうるんだ目でわたしを見ます。


「リリーですか、ビックリしました」

「何を見てるんですか」


 クロ様はいつもと変わらず無表情ですが、抱き締めていると心臓の鼓動が少し早くなったのがわかります。かわいらしい頭に顔を寄せ、さっきのモヤモヤした気持ちを打ち消します。


「これを見ていたの」

「鏡、ですか」


 クロ様が見ていたのは、ショーケースに入った手鏡でした。きれいな装飾が施されていて、値の張るものだと思われます。それに……。


「前にお店をのぞいた時に、見掛けてから気になってて……」

「その時に声か何か聞こえましたか」

「えっ。そうですが、どうして……」

「この鏡は呪われています」


 そう、クロ様が見ていたのは呪いの鏡なのです。しかし、不幸中の幸いか、クロ様は鏡の声が聞こえていたものの、呪われてはいないようです。

 恐らく最初はふつうの鏡を装い、徐々に相手の生気を吸っていくのでしょう。


「お客様、当店の商品を呪われているなどと、根拠のないことを言うのはやめてもらえませんか」


 店の奥から店主らしき中年男性が現れます。

 男は痩せて、目にはクマができており、顔は青白く生気もない。

 根拠も何も、店主自身が呪われているのに、何を言っているのでしょうか。


「……リリー、店主のおじさん、前に見たときより具合悪そう」


 クロ様も気付いたようです。


「店主、この鏡は持ち主が何度も変わってますね?」

「ええ、確かに持ち主は変わってますが、魔法使いの鑑定でも呪われてるなどとは出てませんし、急に亡くなったり、原因不明の病にかかったりで、何もおかしな点は……」

「おじさん、ほとんど自白してます……」

「生気を吸われ過ぎて判断力が落ちてますね」


 わたしはポケットからお金を取り出すと、店主に渡します。


「この鏡、買いましょう。おつりは要りません」

「はあ。代金はちょうどですが」


 ショーケースから出された鏡を、店主から受け取ります。


「クロ様、見てください。この彫刻を」


 わたしはクロ様に鏡をぐるりと囲むように掘られた模様を見せます。


「文字のように見えるけど……」

「そうです。これは古い魔族の文字で『これは悪魔の鏡です。取り扱い注意』と書かれています。たぶん魔族が作ったものでしょう」

「悪魔の鏡……」

「強い呪いがかかった鏡ですが、解呪はカンタンです」

「そうなの?」

「はい」

「それってどうやるんですか」

「割ります」


「はい?」

「割ります」


「なんで」

「呪いが宿っている物品を壊せば、呪いは消えます。その時、壊した相手に強力な呪いが返ってくる場合もありますが、わたしには効きません」


 おや、どうしたんでしょうか、手の中の鏡が震えた気がしますね。


「リリー、それ解呪って言いません……」

「では、サクッとヤりましょうか」


 拳を振り上げると、腕にクロ様がしがみ付いてきました。


「リリーやめてっ、鏡にはロザリーちゃんが!」

「ロザリーちゃん?」

「鏡の中にいる女の子で、わたしに助けを求めてきたの!」


 手の中の鏡を魔力で探ると、鏡の呪いの本体である悪魔と、幼い女の子の魂がありました。

 生気を吸うのが目的の鏡が、魂を閉じ込めているとは……。


 でも。


 それがなんだっていうんでしょう?


「それじゃあ割りますね」

「なんで!?」

「仮にそのロザリーちゃんがいるとして、体はもうとっくに亡くなっているでしょうから、サクッとヤっちゃってあげるのが慈悲でしょう」

「リリーそれ悪魔の考えだよ!」

「邪神ですから」


 おやおや、手の中の鏡がまた震えましたね、どうしてでしょう。


「さあクロ様、割るのでどいてください、危ないですよ」


 腕はクロ様がしがみ付いているので、触手を出します。

 クロ様が触手に手を伸ばして止めようとするので、もう一本の触手でぐるぐる巻きにします。

 人前で触手をあまり出さないことにしていますが、店主は割ろうとした瞬間から気絶しているので大丈夫です。


『ま、待て貴様! この女の子がどうなってもいいのか!?』

「おや、しゃべれましたか」


 鏡にクロ様より幼い女の子が映し出されます。


『お、おねえちゃん!』

「ロザリーちゃん!」

「魂を閉じ込めて人間を惑わさせ、次は人質にとは、悪魔らしいですね」

『鏡を割るのはやめろ、俺様だけでなくこのガキも死ぬぞ!』

「それが?」

『ハア?』


「あなたはそこの子供を使ってわたしのクロ様をたぶらかしたのでしょう。わたしのクロ様の視界に映っていいのはわたしだけです、わたしのクロ様をたぶらかした泥棒猫にはもれなく消えてもらいます、相手が何かなんて関係ありません、わたしのクロ様をたぶらかした、そのことが罪なのです」


『き、貴様、イカレてるぞ!!』

「悪魔がよく言いますよ」


 相手がわかってないらしい悪魔に、プレッシャーをかけてやると、手の中で激しく震え出しました。


『やめろおおおお! 鬼! 悪魔! 人でなし!』

「邪神ですから」

『たすけておねえちゃん!』

「リリーおねがい、やめて!」


「――――フフッ」


 楽しくなってきて思わず笑ってしまうと、鏡の中の悪魔が声にならない悲鳴を上げる。


 無慈悲に振り下ろされた触手の下で、鏡は粉々に砕け――――る直前に悪魔が飛び出して、わたしの触手に捕まると、握りつぶされて消滅していきました。


「結構粘りましたね」


 ハッタリと思ったのか、鏡を割る寸前まで逃げませんでした。

 ――アッ、よく見たらちょっとヒビが入ってます。クロ様に見つかる前に直しておきます。


「ロザリーちゃん!」

『おねえちゃん、わたし助かったの……?』


 鏡を受け取ったクロ様が鏡の女の子と喜び合います。


「ごめんリリー、鏡を本当に割るんじゃないかって、ちょっと思っちゃった」

「それでもよかったんですが、クロ様のご友人ですからね」

「ありがとうリリー」

「お礼は要りませんよ、クロ様をとられた腹いせにちょっとイジワルしたかっただけで、本当は賢者殿に頼めばすぐ解呪できましたから」

「…………そうなんですか?」

「はい」

「……リリー……」

『このおねえちゃんこわい……』



 店主を起こして前の持ち主の住所を聞き出すと、女の子に案内してもらいながら家だという屋敷に向かいます。

 応対した屋敷の人間は怪しい訪問者に最初は警戒していましたが、事情を話すと屋敷の主人の部屋に通されました。

 屋敷の主人であるロザリーの父親も怪しんでいましたが、ここに来た経緯と、鏡の中のロザリーを見せてやると、涙を浮かべ、ずっと寝たままだというロザリーの部屋に案内されます。


 ロザリーの部屋に入ると、となりに寄り添うようにロザリーの手を握る、同じ年の女の子がいました。


『ノエルちゃん!』


「おじ様、今ロザリーの声が!」

「ああ、そうなんだ。実は……」


 父親がノエルに説明している間に、眠るロザリーの上に鏡を置き、魂を元に戻します。鏡は砂になって消えていきました。

 ロザリーが目を覚ますと、父親とノエルがロザリーを抱きしめて涙を流します。


「よかったね、ロザリーちゃん」

「ありがとう、おねえちゃん」

「しばらくは安静に。それと、家族と恋人に感謝してくださいね、魂のない体がここまで持ったのは彼らのおかげですから」

「え、こ、恋人!?」

「違うんですか? 見たところ毎日通っていたようですが」


 ロザリーは顔を真っ赤にしてあわてます。

 ノエルを見ると、こちらも真っ赤でしたが、ロザリーの手を両手でぎゅっと握ると、その顔を見つめます。


「わたしはロザリーのことが好きだよ、ずっとずっと前から」

「ノエルちゃん……わたしも、大好き」


 小さな恋人たちは熱い抱擁を交わしました。

 これでめでたしめでたしですね。


「……あの。ロザリーちゃんのお父さん、元気を出してください」

「あ、ああ……」


 ロザリーの父親はさっきとは違う涙を流していました。




「……と、いうような事があったんです」

「ほうほう、そうかそうか」


 話を聞いているのかどうか、賢者だという老人は今日もシスターのお尻を眺めています。


「クロ様は危なっかしくて、気が気じゃありません」

「ふぉふぉふぉ、それに関してはあきらめたほうがいいのう」

「なんでです」

「わししかり、転生者はトラブルを呼び込む体質の者が多いからのう」

「はあ……」わたしはガックリと肩を落とします。



「やっぱりどこかの城に閉じ込めたほうがいいんでしょうか……」

「あの子のこれまでで一番のトラブルは、お主に出会ったことじゃがな」


 賢者は楽しそうに笑いました。

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