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15 幽霊屋敷

「はあ……。新妻の手料理から始まる朝……至福ですわ」


 ティーカップを手にリリーがうっとりとします。


「結婚してませんしただのパンケーキですよ」


 海に行ったはずが魔王と戦って帰ってくると、わたしは料理を始めることにしました。

 まだ簡単な朝食しか作ってませんが、リリーがすごく喜ぶので、もっとちゃんとした料理を作りたいです。


 宿屋の借りている部屋の外が騒がしくなります。

 どうやら他の部屋の冒険者が帰ってきたようです。

 冒険者の仕事は昼夜を問わずなので、宿屋は常に活気にあふれてます。


「人間の生活に慣れてきてわかりましたが、ここは少し落ち着けませんね」

「わたしは慣れましたよ?」

「……ということは、クロ様も落ち着けなかったんですね」


 リリーがため息をつきます。確かに最初は慣れませんでしたが、ファンタジーの世界って感じがして好きです。


「クロ様とのスイートな朝が騒々しいのは、やはりイヤですね」


 リリーはティーカップを置くと、何かを決めたような表情を見せます。


「家を買いましょう」

「えっ家!?」

「そうです。新婚婦婦にふさわしい静かで居心地のいい家を探しましょう」

「結婚してませんし家は早過ぎると思います」

「お金はありますよ」


 リリーはそう言うと、ポケットから真珠をいっぱい取り出します。


「本当はお城を買ってあげたいぐらいです」

「うう、リリーに家まで買ってもらったらダメ人間になっちゃいます……」


 脳裏に昔テレビで見た、金持ちに豪邸を買ってもらう愛人の話が浮かびます。


 リリーはその後、他の国の別々の場所に真珠を換金すると言って出掛けてしまいました。

 わたしはその間、ギルドに隣接したカフェで給仕の仕事です。


「そういえばおまえら家を探してるって?」


 カフェに来た、新米冒険者いびりが趣味のベテラン冒険者さんがコーヒーを飲みながら聞いてきました。


「モブさん、なんで知ってるんですか」


 最近になって背景にとけ込みそうな名前と知った、ベテラン冒険者さんに聞きます。


「リリーが最近、物件情報の雑誌を読んでるって話を聞いたぞ」


 わたしは今朝知ったのに、冒険者はうわさ好きの奥さん並に情報が早いです……。


「しかしその年で家を買うとか、本当にお嬢様だったんだな」

「お嬢様? だれがです」

「おまえだよ、おまえ」

「えっ、違いますよ」

「そうなのか? 冒険者の間では『駆け落ちしてきたお嬢様とメイド』ってうわさになってるぞ」

「か、駆け落ち!?」

「おまえたちが家を買ったら、そのうわさも『遺産を狙う親族から駆け落ちしてきた女主人とメイド』になりそうだな!」


 ワハハッ! と笑うモブさんをにらみます。人ごとだと思って……。


「で、おまえたち実際はどうなんだ? 駆け落ちか?」

「ち、違いますよ! リリーとは、その、なりゆきで結婚の約束をしたみたいになってたり、新居にもいっしょに住みますが、その、こ、ここ恋人同士とかではない、です……」


 しどろもどろになりながら否定しても、「そうかそうか」とモブさんは楽しそうな表情を崩しませんでした。

 それどころか、モブさんや周りの冒険者が生暖かい視線を送ってくるのはどうしてでしょうか。というか今の会話、聞かれてました……?




 なんだかいつも以上に疲れて帰ってくると、リリーが「家を買いましょう」と言って連れていかれます。

 家は商業ギルドで買えるとのことで、商業ギルドに向かいます。

 しかし、話のために案内された個室で大変なことになってしまいました。


「買えない? なんでですか?」

「ですから、この街では未成年は家を持てません。保証人がいれば買えなくもないですが、あなた方の職業が低ランクの冒険者では、ギルドから許可は下りないと思います」

「金はあると言ってるんですよ、ホラ」


 リリーが取り出した黒い革張りの大きなケースを開けると、そこには札束がギッシリと詰まってました。


「ローンではなく、即金ですよ」

「そ、そういう話ではないんです……!」


 リリーはケースから札束を一つ手に取ると、ギルド職員の前にちらつかせます。


「人間の世界では金が全てなのではないですか?」

「この街は世界中から人から集まる一大観光地で、商業も盛んです。それだけに取引には信用が大事なんです、他と比べてもらっては困ります……!」


 リリーはテーブルに乗り上げると、職員さんを札束でたたき始めました。


「冒険者ギルドで紹介される物件はアパートばかりで、クロ様にふさわしくないんです」ぺちっ、ぺちっ。

「物件を丸ごとお借りになってはどうです」

「金のない冒険者から家を奪ってどうします、ちょっと考えればわかるでしょ」ぺちっ、ぺちっ。


 リリーが今度は職員さんの頭の上に札束を置きました。


「これでわたしを信用したくはなりませんか」

「わ、私は金の暴力に屈したりしません……!」


 リリーがさらに職員さんの頭の上に札束を置き始めます。


「保証人も見つけますので、よろしくお願いします」

「商業ギルド魂に誓って屈したりは……!」


 言葉とは裏腹に、札束を積み上げるリリーの姿は悪代官そのものです。


「どうです、これでどうです」

「ぐうううっ!」

「もうやめてー!!」


 大人の汚い金の現場にわたしは目をふさぎました。




 あの出来事の後は家を諦めたと思っていたのですが、数日後にはリリーが「いい物件を見つけました」と言って、いっしょに物件を見に行くことになりました。

 その物件はラバーズの街の一角にある屋敷でした。

 長らく放置されていたのか家は外から見ても荒れていて、敷地の植物は枯れていました。


「商業ギルドで、この家を買ってくれるなら保証人なしでもいいと言われました」

「……だいたい予想がつきますがどうしてですか」

「じこぶっけん、というやつらしいです」

「そうきましたか」


 事故物件とは恐れ入りました。

 ファンタジー世界ならアンデッドがいるのは確実ですね。


「リリー、帰りましょう」

「どうしてですか?」

「間違いなく呪われた屋敷です。やめたほうがいいです」

「わたしがいれば大丈夫ですよ」

「こんなお化け屋敷みたいな家に暮らしたら、リリーが毎日わたしのパンツを洗うはめになりますよ、いいんですか!?」

「…………ポッ」

「なんで赤面したんです!?」


 リリーはせき払いをすると、屋敷の門から入って玄関に手をかけます。


「家は購入してしまいましたし、とりあえず入りましょう」

「わたし怖いの苦手なんですが……」

「屋敷の先住人には悪いですが、成仏してもらいますのでご安心ください」

「わかりました……」


 リリーに手を引かれて屋敷の中に入ります。

 屋敷は外と比べてもかなり寒くて、何かいるとしか思えません。

 リリーの腕にしがみ付いて玄関ホールを進みます。


「おびえてわたしにしがみ付くクロ様かわいいです……」

「リリー、やっぱりいるの?」

「いますね」

「ひいっ!」

「クロ様、おどろき過ぎです」

「ち、違います、今、足をひっぱられて……」

「足?」


 リリーがしゃがんでわたしの足を見ると、足首にくっきり手形が付いていました。


「……ほう。わたしのクロ様に手を出しましたね」


 そう言うと、リリーが触手を屋敷の奥まで伸ばしていきます。

 触手が戻ってくると、半透明のドレス姿の女の人が巻き取られていました。


『出ていけ……この家から出ていけ……』

「『浄化』」


 女の人の幽霊がキラキラした光に包まれます。


『アーーッ! って、ちょっと待って、死ぬ、死んじゃうっ!』

「もう死んでますが?」

『ものの例え! お願い、まだ主人といっしょにこの家にいたいの!』

「主人?」


 リリーが触手を離すと、玄関ホールの階段から立派な身なりをした男の人の幽霊が下りてきました。


『リザ!』

『ジョン!』


 女の人の幽霊は男の人の幽霊に駆け寄ると、身を寄せます。


『はじめまして、あなた方はこの屋敷の新しい持ち主だね? 私はジョン、百年前にこの家の主人だった者だ』


「あ、あの、ここはなぜ幽霊屋敷に……?」


『百年前、この土地に屋敷を建てたのだが、ここは幽霊が集まりやすい土地だったんだ』ジョンさんが答えます。

『この屋敷に住み始めてすぐに幽霊が現れて、怖がりだった私たち夫婦はビックリし過ぎて死んでしまったの』リザさんはハンカチで目頭を押さえます。

『ですが、幽霊の生活は意外に楽しく、ここの幽霊たちとも仲良くなりました』


 壁や天井などから老若男女さまざまな幽霊たちが現れます。


『どうかお願いです、ここに私たちを住まわせてくれませんか、悪いことはしませんから』


「だそうですが、どうしますかクロ様」

「えっわたし!?」


 屋敷中の視線がわたしに集まります。断れる雰囲気でもなく、わたしがうなずくと、幽霊たちは喜んで屋敷にわたしたちを迎え入れてくれました。




 そして次の日。


「リリー、わたしはこの家に住めません」

「えっなんでですか!?」


 昨日よりちょっとゲッソリしたわたしが答えます。


「幽霊さんたちはとてもよくしてくれるんですが、水道やお風呂から髪の毛が出てきますし、寝ていると子供の幽霊がわたしの頭を踏んでいったり、不協和音の子守歌が聞こえて眠るのもままなりません」


 ちなみにリリーはぐっすり寝ていました。


「なら、ここに住むのはあきらめるしかありませんね。クロ様と別居はイヤですから」

『やっぱり私たちが人間と暮らすのは無理だったのか……』

『あなた……』

「しかし、あなたたちが無理して人間と暮らす必要もないのでは?」

『え?』

『この家を持ったままにしてくれるの?』


「それでは根本的な解決にならないでしょう。ちょっと考えがあります」




 ――それから。元幽霊屋敷だった『お化け屋敷レストラン』は本物の幽霊が従業員をしているという物珍しさからすっかりこの街の名物になり、連日大盛況になりました。


「むう。困りましたね」

「どうしたのリリー」


 帳簿を見ながら難しい顔をしたリリーが顔を上げます。


「お金が有り余ってたので、リフォーム用の資材や設備、宣伝費用など、かなりふんだんに使ったのですが、この調子だと数年後には黒字になります」

「いいことだと思うけど」

「ここの幽霊たちが無害だと知ってもらうためで、採算度外視だったんですよ」


『リリーさん。私たちでリフォームした分のお金が浮いてますが』


 ドレス姿から秘書っぽいスーツ姿になったリザさんが聞いてきます。


『手を付けてない庭にキッズスペースを増築するのはどうです』


 こちらも秘書っぽいスーツ姿になったジョンさんが聞いてきます。


「いいですね、やりましょう」


 共同経営者になったジョンさん夫妻も生き生きしてます。死んでますが。リリーはその内経営を全部任せるつもりらしいです。


「クロ様、レストランを経営するために入った商業ギルドのランクが上がりましたので、次からは邪魔されずに家を買えますよ」

「あきらめてなかったんですね」


「城と島、どちらにします?」

「ふつうの家でおねがいします……」

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