14 温泉
リリーが突然いなくなったと思ったら、触手に双子の男の子と女の子を巻き付けて帰ってきました。
「リリーその子たちは?」
「魔王です。わたしたちを狙っていたので捕まえました」
「なんでわかったの……。遠くから見てたのに」
「アタシが教えたからね」
浅瀬にアワビブラのアクアさんが来ていました。
「アクアお姐ちゃん、兄弟を売るなんてサイテー」
「よく言うわよ、アタシの部下をたき付けておいて」
「アクア、この悪ガキたちを引き取ってください」
「ご勘弁。煮るなり焼くなり好きにしてちょうだい」
アクアさんは海に帰って行きました。
「薄情者ー!」
「リリー、この子たちどうするの?」
「んー、ギルドに連行しましょうか。魔王ですから懸賞金がもらえるかも」
「え」
双子は血の気の引いた顔になると、わたしに助けを求めてきました。
「おねえちゃん助けて! 人間の国で捕まったらわたしたち一生檻の中だよ!」
「え、そうなんですか」
「あなたたち……いつクロ様と話していいと許可しました?」
「ひい!」
怖い顔になったリリーが、触手で双子をアメリカンクラッカーみたいに振り回し始めました。
「ぴえー!」
「リ、リリー。それぐらいで……」
「この悪ガキたちはクロ様誘拐の黒幕ですから情けは必要ありません」
「も、もうしないから許してー!」
「許しません」
「許してくれたら、イケてる温泉の場所教えるから!」
「温泉?」
「そうそう、ここの上空を散歩してた時に見つけたんだけど、婦婦水入らずで温泉なんてすてきだと思うよー?」
「婦婦水入らず……温泉……」
リリーの目がキラキラすると、双子を地面に下ろします。
「いいでしょう、温泉の場所を教えなさい」
双子は場所を教えると、ワイバーンに乗ってあっという間にいなくなりました。
わたしとリリーが山の中にあるという温泉に向かうと、そこには和風の温泉宿がありました。
宿の看板には『おさるのお宿』と書かれています。
のれんをくぐると、二匹のおさるさんが出迎えてくれました。
「ウキッ。二名でご宿泊ですね。新婚さんとはうらやましいですな」
「ウキッ。お部屋には露天風呂が付いておりますので、ゆっくりできますよ」
「楽しみですねークロ様♪」
「は、はい」
新婚さんではないのですが、うれしそうなリリーを見てたら言えなくなってしまいました。
わたしたちの部屋は畳の部屋で、浴衣に着替えると、ひさしぶりの畳に感動して思わず転がります。
「クロ様、さっそく温泉に入りましょうか。わたしは湯上がりに飲む飲み物を買ってきますので、クロ様は先に入っていてください」
「はーい」
「ウッキッキ。まさかぼくたちがさるに化けて待ち伏せしてるとは夢にも思ってないだろうね、クウ」
「ウッキッキ。わたしたちのワナにまんまとハマったね、カイ」
さるの姿をしているが、その正体は魔王であるクウとカイが、悪い顔で笑い合う。
「温泉で油断しているところを、ヒュドラの毒を塗った吹き矢でプスッとやれば、邪神だってイチコロだよ、カイ」
「そうだねクウ。……あっ温泉にだれか入ってきた」
温泉が見える高台から見張っているクウとカイは、温泉に人影が見えると、持っていた双眼鏡を取り出して、温泉をのぞく。
「あれ、人間だけ来た」
「邪神はどこだ?」
双子が双眼鏡をのぞいていると、背後の茂みから音がして、両手にフルーツ牛乳を持ったリリーが現れた。
「なにか気配がしたと思ったら野生のさる……ではなく、宿の主人でしたか。こんなところでなに……を……」
リリーの視線がさるに化けたクウとカイの顔を、次に二人が手に持った双眼鏡を見た。
「のぞき……?」
リリーの顔から血の気が引く。
痴漢冤罪が生まれた瞬間だった。
「違ああぁう!! ぼくたちはおまえの息の根を止めに来たんだよ!!」
元の姿に戻ったカイは双眼鏡を放り投げると、吹き矢を構えた。
「バッ……! カイ、あいつに真正面からいったら殺されちゃうよ!」
「クウは女の子だからわからないんだあ!! ぼくは社会的に殺されるより、あいつに殺されるほうを選ぶ!!」
血の涙を流したカイがヒュドラの毒を塗った吹き矢を飛ばすと、吹き矢は見事リリーの額に刺さった。
「やった! カスっただけでも致命傷の毒だぞ!」
しかし、リリーは額に刺さった吹き矢を抜くと、額をポリポリとかいただけだった。
「う、うそ、効いてないの……!?」
「効いてますよ、ほら、ここ」
リリーが額を指差すと、そこには虫さされのような跡があった。
「それ効いてるって言わない……」
双子はガックリと地面にひざをついた。
「さて、今度はのぞきに暗殺未遂ですか。お仕置きが必要ですね」
「ちょっ、のぞきは――」
「触手パーンチ!」
「ずべらぱぁっ!」
……いったいなにがあったのでしょうか。
温泉に入っていたら、空から双子が降ってきて、水しぶきが上がりました。
温泉にぷかーっと浮かんだ双子をつんつんすると、目を覚まします。
「お、おねえちゃん助けて! 邪神に殺される!」
「わっ、ちょっと離れてください!」
双子が胸にすがりついてきてあせります。
今はリリーからもらった白いビキニを着ているのですが、他の人に見られるのは恥ずかしいです。
また水しぶきが上がると、ドス黒いオーラをまとった浴衣姿のリリーが現れました。
「今度はクロ様に直接痴漢を働くとは……万死に値します!」
「ここに殴り飛ばしたのは邪神――」
「問答無用!! クロ様の水着姿をわたしより先に見た上にクロ様の胸に顔をうずめるなど、うらやま……到底許せません!!」
「理不尽!」
「横暴だあ!」
リリーが目から血の涙を流しています。そんなにくやしかったんですか……。
「もうヤケよ! カイ、やるよ!」
「オーケー、クウ!」
双子が口笛を吹くと、ワイバーンの鳴き声がして、空から同じ色をした斧が降ってきて地面に突き刺さりました。
双子の背丈より大きいその斧を、二人は軽々と持ち上げると、構えをとる。
「魔王・末子『天斧』クウとカイ。――喰らえっ!」
双子がそろって斧を回転させながら投げますが、リリーはフルーツ牛乳を持ったまま軽いフットワークで斧を避け、ブーメランのように戻ってきた斧の二撃目もしゃがんでかわすと、双子はあっという間に間合いを詰められました。
「成敗!」
「ウキャーッ!」
双子は触手アッパーで打ち上げられると、星になりました。
「クロ様ー! 水着かわいいです!」
リリーがわたしのつるぺたな胸に飛び込んできます。恥ずかしいのですぐに引きはがすと、不満そうな顔をしていました。
騒動の後は、リリーと温泉にゆっくりつかります。
リリーは体にタオルを巻いて、髪の毛を上げています。
リラックスしたリリーの足は触手に戻っていて、温泉につかってゆでだこみたいになっています。
触手を一本手に取ってなでます。リリーの触手はつやつやぷにぷにしています。
初めて会った時もきれいだと思いましたが、今と比べると封印されていた頃は、ちょっとつやが悪かったかもしれません。
しばらくリリーの触手をなでていたら、リリーがうなじまで真っ赤になっていました。
わたしの視線に気付いたリリーが真っ赤になった顔を手で隠すと、体をくねくねさせます。
「ク、クロ様ったらスキンシップが大胆過ぎます……」
「リリー湯あたりしたの?」
「もうクロ様ったら……」
温泉から上がった後は、二人でフルーツ牛乳を飲みます。風呂上がりの火照った体に染み渡るおいしさでした。
寝室に入ると、お布団が並べて用意してありました。おさるさんは双子が化けていた以外もいるようです。二人で並んで横になって話をします。
「まだ眠くないですね」
「そうですね」
「恋バナでもします? 好きな人の話とか」
「いいです。わかってますから」
「わたしはですねー……」
「いいですから!」
枕をかぶって逃げますがリリーからは逃げられませんでした。