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13 奪われた大切なもの

「あやつは、わしの胸のホタテをはがして放り投げ、このしじみをわしの胸に貼り付けたんじゃ!!」


「ひ、ひどい……アタシたちにとって大事な胸のホタテを奪うなんて……」アクアさんが目を覆います。


 そう、さっきから気になっていたのですが、ここの人魚たちはみんな、胸にホタテの殻を付けているのです。


「しかし長老、なぜしじみのままにしたのですか?」兵士の一人が聞きます。

「誇りのためじゃ」長老は背筋を伸ばし、しじみの付いた胸を張ります。


「いずれあやつに奪われた誇りを奪い返し、ホタテを取り戻す……このしじみはその誓いじゃ」

「じいや……」

「長老……」

「長老様……」


 人魚たちみんなが涙するなか、わたしだけ取り残されます。

 すると、城の外から鐘を打ち鳴らす音が聞こえました。


「来たか……。アクア様、頼みがあります。勝手なマネばかりのじいやに引導を渡すと思って、どうかあの邪神と一騎打ちをさせてくだされ」

「わかったわ。骨は拾ってあげる」

「ありがとうございます」


 アクアさんはつらそうに目を伏せると、玉座に身を沈めます。

 外から聞こえていた鐘の音がふいに止み、光が降り注いでいた城の天井のステンドグラスに影が差すと、城が薄暗くなりました。

 その場の全員が天井を見上げるとそこには……。



 ――わたしたちを見下ろす巨大な目玉がありました。



 巨大化したリリーの血走った赤い目が、ステンドグラスを覆っていたのです。

 窓を見ると、不気味にうごめく赤黒い触手が窓をふさいでいます。

 多分ですが、これまでにないほど巨大化したリリーが、城を丸ごと取り囲んでしまったみたいです。


『ドコダ ドコニ カクシタアァアァァ』


 リリーの声が城を振動させながら響きます。

 赤い目は血走り、不規則にギョロギョロと動くと、人魚たちを視線に捉えていきます。

 人魚たちは悲鳴を上げたり、気絶したり、震えながらお互いを励ましあったりしています。

 あれは完全に正気を失ってます。わたしが子供だったらチビってました。紙一重です。


『ドコダアアァアァア』


「じ、じじ、じいや? アレと戦うんでしょ、行かないの? …………じいや?」


 皆の視線が長老に集まります。その長老は床にアワを吹きながら倒れていました。

 人魚の一人が長老のそばに座り、手首を取ります。


「…………心臓が止まってます」

「じいやーーーー!!」

「長老ーーーー!!」


「オイ、急いで電気ナマズを呼べ!!」

「心臓マッサージだ!!」

「じいやしっかり! 戦いに行く前に逝ってどうすんのよ!」


 人魚たちが動き回り、アクアさんが泣きながら長老の手を握ります。

 あわわっ、大変なことになってしまいました……。


『カエセェエ カエセエェエェェ』


 バーサク状態のリリーが城を揺らし始めました。

 人魚たちの悲鳴と怒鳴り声が響き渡り、まるでこの世の終わりです。

 このままでは皆死んでしまいます。な、なんとかしないと。


『ツマヲ カエセエェェ』


「まだ結婚してませんよ!?」


 はずかしくてついツッコんでしまいました。


『―― クロ サ ま ?』


 ピタッと城の揺れが収まり、血走った赤い目がわたしを見ました。

 やがて血走った赤い目は二度三度まばたきすると消えていきました。

 声が届いたんでしょうか?


 しばらくして玉座の間の扉が吹っ飛び、人間の姿に戻ったリリーが入って来ました。

 その姿を視界に入れた次の瞬間には抱きしめられていました。


「クロ様ああぁ! 心配したんですよお!」


 リリーとリリーの触手が体に巻き付いて、ミシミシと体が悲鳴を上げます。

 助かったと思ったら死にそうです。


「目が覚めたらクロ様がいなくて、動転してブレスレットのことを忘れて探し回ったんですから!」

「それでバーサク状態だったんですね……」

「クロ様がいなくなったら、わたし……わたし、人魚どもを根絶やしにシテヤロウト……」

「不可能じゃないのが怖いです」


 わたしはまた正気を失いかけてる邪神をなだめるために頭をなでました。


「た、助かったのか……?」

「あの少女が荒ぶる邪神を鎮めたぞ……」

「きっと彼女は女神が授けた救世主に違いない……」


 人魚たちはよほど怖かったのか、わたしを拝みだす人までいました。


「長老様、蘇生しました!」

「ハアハア……申し訳ありませんアクア様……」

「もういい、じいや、もういい……」


 長老も無事に息を吹き返したみたいです。よかったです。


「――さて、この企ての首謀者はだれです?」


 紅い目を不気味に光らせたリリーが、一歩前に出ます。

 人魚たちはおびえてリリーの周りから波のように引いていきます。


「アタシだ」

「アクア様、なりませんじゃ!」

「じいやは黙ってなさい」


 アクアさんは立ち上がり、何もない空間に海の色をした槍を出現させ、槍を頭上で回転させると構えます。


「あなたがここの親玉ですか」

「ええ。魔王・五男『海槍』アクアよ、覚えておきなさい」

「雑魚の名前は覚えません」

「……このっ!」


 アクアさんは槍を構えると、水しぶきを上げて突撃します。


「ハアアアァァ!! ――へぶしっ!?」


 カウンターでリリーの触手パンチが入り、アクアさんはきりもみしながら吹っ飛び、ベチャッと地面に落ちました。


「やはり雑魚でしたね、人魚だけに!」


 人魚たちを見下ろしてせせら笑うリリーの姿は、正しく邪神です。


「さて、次はお仕置きですね。……あなたたちのそのホタテ、しじみに換えてあげましょうか」


 リリーの言葉に人魚たちから悲鳴が上がりました。泣き出す者までいます。

 それはさすがにあんまりです。わたしはリリーの腕を引いて止めます。


「どうしました、クロ様?」

「リリー、ひどいことはやめて!」

「ひどいこと? かわいいお仕置きじゃないですか」


 リリーは人魚たちのことを知らないのでそう思うのです。ここは、人魚たちといたわたしがリリーに教えなくては!


「あのねリリー、人魚たちにとって胸のホタテは――」


 そう。


「ブラジャーなんです!」


「ブラ……ジャー?」

「えっ違……」

「そう、すごく大切なものなんだよ!」


「はあ。理解し難いですが、人魚はホタテブラがすごく大切なんですね」

「うん、そうだよ」

「待て、ホタテは……」

「人魚さんたちは黙っててください!」


 人魚さんたちは何か言いたげでしたが、黙ってこちらを見守ります。


「つまり、リリーは人魚たちから大切なものを奪おうとしてるんです!」

「ですが、人魚たちはわたしにとって大切なクロ様を奪おうとしました」

「そ、それは理由があって」

「理由はなんであれ、クロ様を誘拐したのは事実」


 ずいっ、とリリーが顔を寄せてきます。


「人魚たちはわたしにとって大切なものであるクロ様を……いわば、わたしのブラジャーを奪おうとしたのです!! ブラジャーの恨みはブラジャーで返します!!」


 あ、これはもうダメですね。


「お、お嬢ちゃん……?」


 人魚たちの前に立っていたアクアさんが、すがるような目でこちらを見ます。

 わたしはそっと親指を立てます。


「グッドラック」


「ノオオォォォ!!」




 海の底から海岸に戻って来ました。

 人魚たちは結局、胸のホタテをアワビに貼り変えられてしまいました。

 アワビにしたのはリリーなりの譲歩らしいです。

 胸が隠れる分しじみよりはマシかもしれません。人魚たちは泣いてましたが。

 そんなことを考えていたら、リリーの手がそっとわたしの手を握ります。


「リリー?」

「あまり心配かけないでください」

「うん、ごめんねリリー」

「クロ様はわたしの一番大切な……」

「え」トクン、と胸が高鳴ります。


「ブラジャーですから……」

「リリー、次それ言ったらもういっしょに寝ませんから」




 そんな二人をワイバーンに乗って上空から見下ろしているのは、クウとカイだ。


「アクアお姐ちゃんも負けちゃったね」と、クウ。

「でも、弱点はわかったんじゃない?」と、カイ。

「あの人間の女の子――」

「クロ様がなんですって?」


「!?」


 双子が背後を振り返ると、今、地上にいたはずの邪神がワイバーンの上に立っていた。


「ワイバーン、振り落として! ……ワイバーン?」


 クウとカイの忠実な部下であるワイバーンはしかし、静止したまま動かない。


「ワイバーンはわたしとの実力差を理解しているみたいですね」


 リリーは双子をにらむと、ため息をつく。


「なのに、あなたたち魔王ときたら……へんに賢いのも困りものですね」


 双子が口笛を鳴らすと、空からたくさんの鳥がリリーに襲いかかった。

「わぷっ」リリーは手で払おうとするが、鳥はリリーに殺到していく。

 そのスキをついて双子はワイバーンから飛び降りるが、落下は途中でピタリと止まる。リリーの触手が双子を捕らえていたからだ。

 双子は触手に巻き上げられ、リリーの目の前に来る。鳥はもういない。


「さあ、行きましょうか」

「えっどこに」


「それはもちろん……地獄にですよ」


 空に双子の悲鳴が響き渡った。

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