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12 海へ

 リリーは時折、いなくなることがある。

 とはいえ、その日の内に帰ってくるので、外出と言えなくもありません。

 その日もふらりと外出したリリーの後を、なんとなく尾行します。

 リリーは何をするでもなく歩いているようでしたが、やがて街の入口まで来ました。

 街の外に行くつもりでしょうか?


「クロ様」


 目の前にいたはずのリリーが後ろにいました。思わず二度見します。


「バレてました?」

「はい、もちろん」


 わたしの左手首のGPSもといブレスレットがなくても、近くにいればわかるそうです。


「それで、どうしてわたしの後を尾けてたんですか」

「どこに行ってるのかなと思って……」


 リリーは少し考えるそぶりを見せると「それじゃあいっしょに行きましょうか」と言いました。



 やって来たのは最初にこの大陸に降りたときに訪れた海でした。

 人目につかない場所にあるので、リリーは元の姿に戻っています。


「たまにこの姿に戻って羽を伸ばしていたのです」

「人の姿は窮屈だったりするの?」


 久々に巨大な触手に巻かれたわたしが聞きます。だとしたら、悪い気がします。


「いえ、でもこの姿で暴れるほうが楽しいですね」

「暴れるって?」

「ここで泳いでいるとクラーケンがケンカを売ってくるので、返り討ちにしたりですね」


 リリーは楽しそうに触手をゆらめかせます。

 ギルドで聞きましたが、クラーケンって何隻も船を沈めてる巨大モンスターですよね。リリーは邪神と呼ばれるだけあって、規格外です。


「ではおやつにホタテを捕りにいきますが、クロ様はどうします」

「冬に水泳はムリだから、ここで待ってます」

「人間は冬には泳がないんですか!?」

「そうですよ、心臓マヒおこしちゃいますから」

「くっ……なんてこと……! どうりで水着を探しても見つからなかったはずです」

「リリー、水着を着たかったの?」

「いいえ、クロ様にです」


 リリーがどこからか白いビキニを取り出します。

 ビキニはわたしのようなつるぺたには拷問です……。


「ビキニはちょっと……」

「では、家に帰ったら見せてください」


 ここで着るのは寒い、という意味に取られました。

 家で着てもはずかしいです、と断ろうとする前にリリーは海に潜っていってしまいました。




 海の底。サンゴ礁でできた城に、長い緑色の髪を昆布のようにゆらめかした美丈夫が、貝でできた美しい玉座に気だるげに身をゆだねていた。

 彼は人魚で、ここら一帯の海を支配する魔王だ。


「アクア様ーー!」


 人魚の兵士があわてたように玉座の間に現れた。


「何よ」

「あの邪神がまた来ました!」

「へー、それで?」

「われらの狩り場でホタテを捕っています!」

「それで?」

「……以上です」


 兵士があっけにとられながらも答えると、アクアと呼ばれた魔王はあくびをする。


「ほっときなさいよ~。ホタテって言っても、あいつが食べてるのはモンスターのバケホタテじゃない」

「ですが、バケホタテはわれわれと同じモンスターですよ」

「あいつら魔王軍じゃないし」

「それに、邪神がいる間は漁ができません」

「すぐにいなくなるわよ~」

「……」


 これ以上は説得できないと悟った兵士は、すごすごと帰っていた。

 玉座の間の扉を閉めると、入口の両脇に立っていた同僚の兵士が声をかける。


「どうだった?」扉の左に立つ兵士が聞く。

「全然ダメだ」兵士は頭を振る。

「そんな、この前クラーケン先輩が足を一本カジられたのに!」

「クラーケンの足はまた生えてくるし、邪神はあちらからは何もしてこない、放っておけということだろう」右に立つ兵士が言う。

「クラーケン先輩がやられたのに、何もできないなんて……!」

「おまえは先輩のこと尊敬してるからな……」兵士が哀れむように言った。


「アクアお姐ちゃんは、事なかれ主義だからねー」


 兵士たちのそばに、まるで最初からそこにいたように、水色の髪をした双子が立っていた。


「だ、だれだ!?」兵士が槍を握る。

「待て!」三人の中で一番年上の、右の兵士が止める。「アクア様のご兄弟だ」

「も、申し訳ございません!」


 兵士が構えかけた槍を納めると、双子は笑って手を振る。


「いいよいいよ、気にしないで」

「はっ!」

「で、今この海に来てる邪神だけどさ、ぼくたちも困ってるんだよね~イロイロと」

「そうそう。だから邪神をおびき寄せてさ、お姐ちゃんに倒してほしいんだよね」

「おびき寄せる……ですか?」

「うん。ちょっと耳貸して」


 兵士がかがんで耳を寄せると、双子は意味ありげに笑ってから耳打ちをした。




 おやつというには巨大なホタテを抱えたリリーが戻ってくると、わたしは調理法に困っていました。

 リリーは生で食べているみたいですが、人間が生で食べてもいいのでしょうか?

 わたしは料理ができないし、ここに来てから食事は店やまかないです。


「あの、リリーは料理できます?」

「できないです」


 二人ともできなかったら、これから困る場面がありそうです。

 と、そこで以前賢者様に言われた「自分にできることを探せ」という言葉を思い出しました。


「リリー、わたしこれから料理覚えます」

「えっどうしたんですか急に」

「リリーにできないことは、わたしがやってあげようと思って」

「料理なんて危ないですよ」

「大丈夫です。それに手料理もたまにはいいですよ」

「手料理……」リリーがハッとします。「新妻の手料理……!」


 なにか楽しいことでもあったのか、リリーがくねくねし始めました。


「リリー、火を起こしてくれますか?」とりあえず火を通してみることにします。

「はい、クロ様。初めての手料理ですね」

「焼くだけですけどね」


 焼いたホタテがほとんどリリーの胃袋に収まると、わたしは海岸を散歩します。リリーは満腹になって昼寝中です。

 海岸を歩いていると、目の前の浅瀬に人魚が泳いできました。


「こんにちは、お嬢ちゃん」恭しく礼をします。

「こ、こんにちは」とりあえず返事をします。

「さて、さっそくで悪いんだが……――誘拐されてくれないか?」


 声を上げる間もなく、わたしは人魚に海の中に引きずり込まれます。

 バシャンッ、と海を跳ねる大きな音がして、リリーが目覚めるのはまもなくでした。




「なんでそんなことするかな~」


 わたしの目の前の、魔王だという人魚のお兄さんが頭を抱えていました。

 連れて来られた海のお城はすごい深いところにあるのに、不思議なことに息ができます。


「ですが……」

「ですがはもういい! あんたたちにはわからないだろうけど、世の中にはケンカを売っちゃいけない相手がいるの!」


「それはわかってますじゃ」


 玉座の間に集まっていた兵士たちの波が割れ、ベストを着たおじいちゃんの人魚が進み出ました。


「じいや」

「長老!」

「長老様!」


「アクア様、この作戦を提案されて了承したのはわしじゃ」

「どうして? 慎重なじいやらしくないわよ」

「あやつとわしに因縁があるからじゃ。あれは大昔、わしがまだピチピチの好青年のころじゃった……」


 遠い目をした長老が、昔話を語り始めました。



 その日、わしは自分が見つけたとっておきの狩り場でホタテを捕っておりました。

 すると、イカによく似た足を持つ女の子がふらりと現れましたのじゃ。

 エサを前に、二人の狩人――。争いになるのは必定でしょう。

 争いは言わずもがな、わしが負けました。

 それについては恨んでおりません。この世界は弱肉強食、負ければゴハンにありつけません。

 わしに見せびらかすようにホタテを食われましたが、ええ、わしは恨んでおりませんとも、ええ。

 ……しかし、本当の地獄はそこからじゃった。

 まだ若かったわしは、怒りに任せて悪口を言いまくった。だがあやつはどこ吹く風とばかりに気にもしておらんかった。

 じゃが、わしが『イカ野郎』と叫んだそのとき、邪神の目の色が変わり――。



「わしの、わしの大切なものを奪っていったんじゃ……!!」


 長老が声を震わせながら話を終えると、玉座の間がシンと静まり返ります。


「じいや、大切なものって……?」


 生唾を飲み込んだアクアさんが、緊張した面持ちで聞きます。


「――これじゃ!!」


 長老が叫ぶと、玉座の間に長老のベストが舞いました。


「キャアアッ!」ある者は目をふさぎ。

「な、なんてことだ……!」ある者は驚がくに目を見開きました。



 そこには胸にしじみを貼り付けた長老の無残な姿がありました。

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