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11 邪神は心配性

「リリー離してください、仕事に行かなきゃいけないんです!」


 宿屋の一室、リリーの触手に絡めとられ、高々と掲げられた私は抗議します。


「ダメです! そのロッキーくんが敵の刺客の可能性だって……」

「ロッキーくんは赤ちゃんですから!」


 興奮して足が触手に戻ったリリーが、触手をうねうねさせます。

 この前、危うくスカーレットに魂を抜かれそうになって以来、リリーの過保護ぶりが加速してしまい、毎日この調子です。

 この日は結局、ベビーシッター先に許可をもらって、いっしょに子守をしました。

 わたしが子守をしている間、リリーが恨みがましそうな目でロッキーくんを見ていましたが、ロッキーくんはスヤスヤ眠ったり、よちよち歩いたりと、気にするようすもありません。

 邪神ににらまれて平気なロッキーくんは将来なかなかの大物になると思います。

 まだ警戒しているのか、わたしが子守をするようすを注視しているリリーと、ロッキーくんの仲を取り持つことにします。


「リリー、子育てに非協力的なのは離婚原因になるそうですよ。ほら、抱っこしてあげてください」

「わかりました、将来の予行練習ですね」


 なんだか自分で墓穴を掘った気がしますが、リリーは触手で器用に赤ちゃんを抱っこしていました。

 警戒が解けたのか、リリーはその内「わたしたち、こうしているとまるで新婚婦婦みたいですね」と言い出しました。

 その後も仕事にリリーが付いてきて目を光らせていたので、仕事がやりにくかったです。

 ここはガツンと言うべきですね。夜、寝る前にリリーと話をします。


「リリー、束縛もまた別れる原因になりがちです」


 リリーはハッとした顔で胸に手を当てます。


「そうですよね、妻を束縛するなんてダメですよね。でも心配なんです」

「スカーレットの時みたいなことはそうそう起こらないと思います」

「あの時はたまたま気付きましたが、そうでない時があったらと思うと……」

「大丈夫ですから、少しはわたしを信用してください」

「…………」

「リリー?」

「…………やっぱりどこかに閉じこめてしまいましょうか……?」


 瞳から光がなくなったリリーがわたしに迫ります。

 あれバッドエンド直行ですか。どこで選択肢を間違えたのでしょうか。最初からでしょうか。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「クロ様……」

「そんなことしたら、もう、いっしょに寝てあげません!」


 やけっぱちで言ったセリフに、リリーの動きが止まります。


「か、家庭内別居はイヤです~!」


 さめざめと泣き出しました。

 泣かれると罪悪感がすごいです……。

 結局その日はなだめて、リリーの触手に絡まれたまま寝ました。


 その後はなるべくリリーといっしょに仕事をしていましたが、この前の言葉が効いたのか、過保護ぶりを発揮することも少なくなりました。

 街の本屋で仕事をした日、リリーが何か本を熱心に読んでいました。

 別の日、リリーは以前出会ったホレ薬の屋台のおじさんと話をしていました。

 また別の日には、魔法に使う素材のお店に行くのを見ました。

 何をしているのでしょうか?

 わたしが関係しているだろうことが一番怖いのですが……。


 ある日の休日、リリーが何やら身支度をしています。


「あの、クロ様。今日はちょっと女子会に行ってきます」

「女子会!?」


 リリーはあまり人間に興味がないと思っていたので、友達がいたなんて意外です。


「この前知り合った、冒険者のお姉様方とです」

「へー」


 リリーは身支度を終えると「では、いってきます」と言ってドアに手をかけ、部屋を出る前にこちらをチラッとうかがいました。


「クロ様、ご安心ください。お姉様方は既婚者ばかりですので」

「うん、心配してないから、いってらっしゃい」

「信頼してくれるのはうれしいですが、ちょっとは妬いてほしいです……」


 リリーはほおをふくらませると、出掛けていきました。


 その後もリリーはひんぱんに女子会に出向いているようです。

 そのおかげか、リリーの過保護もなりを潜めているので助かってます。

 ……ちょっとさびしいなんて思ってないですよ。


 週末、することもなく雑誌を読みながらダラダラしていると、リリーが後ろ手に何かを隠しながらこちらに近付いてきました。


「どうしたの、リリー」

「クロ様、これ、プレゼントです」


 そういうとリリーはわたしの左手首に細い組み紐のブレスレットを巻きました。


「これは?」

「お姉様方に教えてもらってわたしが作りました」


 ちょっとはずかしそうに答えるリリー。最近何か作っているのを見掛けていましたが、わたしへのプレゼントだったんですね。

 胸がつまってうまく言葉が出ません……。


「あ、ありがとう……」

「いいえ、クロ様のためですから」


 リリーにはいつももらってばかりです……。

 左手首に巻かれたブレスレットは銀糸で組まれていました。

 銀糸はリリーの髪の色によく似てきれいです。ブレスレットをなでてみるとなんだか覚えの……ある…………。



「……あ、あの、リリー、これ……」



「はい、わたしの髪の毛です」



 ヒィ。



「あ、あわわわっ……」

「実はこれにはおまじないがかかってまして、効力を上げるためにわたしの髪の毛を使ったんです」

「お、おまじない……? 呪いの間違いじゃないですか?」

「おまじないです! なんでもこれを身に付けると、クロ様がどこにいても居場所がわかるそうです」


 GPSですか?


「呪術師のお姉様にも『これなら世界中どこにいても呪える』と太鼓判をいただきましたわ」


 GPSだし呪えるとか言ってますしっ!


「あ、あのリリー、気持ちはうれしかったけど、身に付けるのは……」


 ブレスレットを外そうとしますが、くっついているわけじゃないのに、どうしても金具が外せません。

 まるでわたしの中から『ブレスレットを外す』という概念自体がなくなってしまったようです。


 この装備、完全に呪われています……!


 コレ、教会に行ったら解呪できるでしょうか。

 ……いいえ、やめときましょう。教会に厄災が起こるかもしれません。


「人間の技術はすばらしいですね、わたしの力だと半径五キロを見通すのが限界ですから」


 それで十分だと思うんですが。

 スカーレットの時にすぐ現れた理由がわかりました。

 これが妻にGPSで監視される夫の気持ちなんですね……。


「これで離れている時もクロ様を監視……見守ることができます」

「今、監視って言いましたよね?」





 冒険者ギルドに隣接したカフェで、中堅冒険者らしき男女が話をしている。


「最近さ、嫁が妙に俺の行動を把握してると思ってたらさ、俺にこっそり追跡のまじないをかけてたんだよ……」


 白いハチマキをしめた戦士らしき男がため息をつく。顔は心なしかやつれている。


「あんたの嫁さん元呪術師だっけ? よく結婚したわね」


 三角帽を被ったいかにも魔女という感じの女は興味なさそうに応える。


「ちょっとヤキモチ焼きなところも結婚前はかわいいと思ってたんだけどなー……」男は頭を抱える。

「ちょっとじゃなかったわけね」


「――そしてやめてほしいと言っても『心配だから』の一点張りなんですよね、わかります」


「ん?」

「え?」


 いつの間にか二人のいるテーブルに、給仕姿のクロが立っていた。


「クロは結婚してないだろ」

「クロちゃん、なんだかいつもより無表情ね」

「そういえば顔色が悪い気がするな」

「ええ、まあ……いろいろありまして」


 クロが力なく笑うと、食堂に風が吹き、クロの背後にリリーが現れた。


「クロ様」

「ひっ」


 クロを背後から抱きすくめたリリーが光のない瞳でほほえむ。

 リリーはカフェにとけ込めそうなメイド服姿なのに、醸し出すオーラが異様にその姿を際立たせていた。


「帰りがおそいので心配しましたよ」

「ちょ、ちょっと忙しかったんです……」


 リリーの視線が、冷や汗を流すクロから、二人に代わると、彼らはヘビににらまれたカエルのように動けなくなる。

 彼らは強敵と命のやり取りをしたこともあるし、それを乗り越えてきた自負もある。

 だがリリーの瞳は、それでもアレには勝てない、と本能が警告してくるような凄まじさがあった。


「泥棒猫……と思ったら、サラさんのダーリンとそのパーティの方でしたか」


 リリーから出ていたプレッシャーから解放されて息をつくと、男はあることに気付く。


「リリー、俺の嫁さんのこと知ってるのか?」

「はい。女子会で恋に効くおまじないを教えてもらいました」


 と、抱きすくめられていたクロが全てを悟った表情をした。


「先輩……恨みます」

「へっ、なんで!?」

「さあクロ様、家に帰りましょうか♪」


 首根っこを捕まれた無表情のクロがリリーに引きずられて帰っていった。


「クロちゃんは、あのプレッシャーの中でも無表情だなんてすごいわね……」

「いや、俺にはわかる……あれは全てを諦めた者の目だ……」男は目に涙を浮かべた。



 リリーの過保護ブーストはしばらく続き、落ち着いてからもわたしの左手首に巻かれた邪神のブレスレットは外れることはありませんでした。

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