10 スカーレット
「魂を抜かれるってときなのに、落ち着いてるじゃないか」
「表情筋はストライキ中なんです……」
スカーレットから紅いオーラが立ち上ります。わたしの力ではもう逃れられません。
「リ、リリー、たすけ……」
「クロ様に何してるんですか」
「ヒィッ!?」
「ん? おまえは……」
わたしの背後からリリーが現れました。ゼロ距離で。
「……まあ一応聞いとくか。だれだよおまえ」
「乙女のピンチに眠り(昼寝)から覚めたナイトですわ」
「ゴメンなに言ってるかわからない」
「あなたこそだれですか、わたしのクロ様の手を握ったりして」
私を挟んでにらみ合うのはやめてください……。
「友達だよ、なあ?」
「ま、まあ……」
「友達? あなたが?」
リリーの声の温度が下がり、殺気が増します。わたしの背後に密着したままで。
「クロ様の親友かつ未来のお嫁さんはわたしだけです。どの座もあげません!」
「どっちもほしいとかワガママすぎるだろおまえ!」
リリーがスカーレットの手を払うと、わたしを背後にかばいます。
「そもそも、友達だとか言って近付いてわたしのクロ様をたぶらかすつもりでしょう、この、泥棒猫!」
「ハアア!? ボクとクロは友達だって言っただろが! ボクの理想はおじい様みたいなナイスミドルなんだよ!」
「そんなこと言って、油断させるつもりでしょう!?」
「恋人の友達にまで嫉妬してるんじゃねえよ! この色ボケ邪神!!」
あ! スカーレット、まさか……。
「今、なんて言いました?」
リリーも気付いたみたいです。
「恋人だなんてそんな……」
ほおを真っ赤にしたリリーが体をくねらせます。
違いますそこじゃないです……!
「あの、スカーレットはまさか魔王ですか……?」
「魔王? 魔族だとは思いましたが」
「フフ、ボクが魔王と見破るとはやるじゃないかクロ」
自分で墓穴掘ってましたが。
「そう……ボクは魔王。五女『炎姫』スカーレット! 正体がバレてしまったからにはしょうがない、邪神、ボクと勝負だ!」
ビシイッ! とスカーレットがリリーを指差します。
「いいでしょう。クロ様に手を出したこと、後悔させてあげます」
殺気が立ち上るリリーの服をつかみます。
「リ、リリー。友達なので穏便に……」
「むう……」リリーは不服そうな顔をします。
「やんないの?」
スカーレットは両腕を頭の後ろに回して、暇そうにしています。
「クロ様の頼みなので……そうですね、友達を相手にするみたいに、ゲームで勝負にしましょう」
「ゲーム?」
「鬼ごっこです。わたしが鬼になるので、あなたは逃げてください」
「いいよ。じゃあ十秒たったら来なよ、――捕まえられるもんならな!」
スカーレットはぐっと屈伸すると大きく跳躍し、建物の屋根に跳び移ると、軽やかに建物の屋根を跳び回りながら去っていきました。
後ろを向いて目をつむっていたリリーは、十秒たつとその場から消えました。魔法かそれとも目にも止まらぬ速さで動いているのでしょうか。
――ぴぎゃああぁぁぁ……!
しばらくすると街中にスカーレットらしき悲鳴が響きます。
その後、リリーが触手をスカーレットの首に首輪のように巻いて引きずりながら現れました。
「なんかヌメっとしたものが首に触れたと思ったら、こ、こいつが背後に……」
悪夢にうなされたみたいにうめき声を上げるスカーレットに同情を禁じえません。
「あなたの負けです。帰ってください」
「ま、待て! もう一度……今度はかくれんぼで勝負だ!」
ぐったりしたスカーレットが腕をプルプルさせながら人差し指を立てます。
「いいでしょう」
――ぴぎゃー!
「……つ、次は、マラソンで勝負だ!」
――ぴぎゃー!
「次は……」
スカーレットはどんどんゲームを仕掛けますが、その勝負にことごとく負けてしまいます。
「いいかげん負けを認めたらどうです」
「……こ、これが最後だ。相撲で勝負しろ!」
「相撲?」
「純粋な力と力のぶつかり合いだ。この勝負で決着を着ける……!」
公園に場所を移して、地面に丸を描いて即席の土俵を作ります。まわしはねじったタオルを腰に巻いて代用です。わたしは行司を務めます。
……剣と魔法の世界でなぜ相撲……。
「東~、スカーレット山~」
「ブッ殺す!」
「西~、リリーの海~」
「かわいがってさしあげます」
「はっけよ~い、のこった!」
「先手必勝!」
スカーレットがリリーのまわしを取りに行きます。そしてまわしに手がかかった瞬間――。
――ヌルッ。
「うえっ!? キモチわるっ!」
まわしにかけた手を放しました。
「スキあり! どっせえええーーい!」
「ドゥワッ!?」
リリーがスカーレットのまわしを取って土俵の外にブン投げ、スカーレットは空中で三回転した後、地面に頭から落ちました。
「グハッ!」
「フッ、口ほどにもないですね」
「……お、おまえ、自分のまわしに何かしただろ!」
「さあ? なんのことやら。そもそも相撲をする前にそんな取り決めしましたか?」
「くっ!」
スカーレットはくやしそうに地面をたたきます。
……わたしは見ました。相撲を取る前、リリーがまわしに触手をこすり付けていたところを。しかしわたしはリリーの味方なので黙ってます。
「決着は付きましたね。ほら、帰りなさい」
「ぐっ、くそ…………わかった、帰る」
ヨロヨロと起き上がったスカーレットが帰ろうとします。
「ス、スカーレット!」
「……なんだ」
「魂を抜かれるのは嫌ですが、また遊びに来てくださいね!」
「フン…………またな」
スカーレットは大きく跳ぶと、帰っていきました。
「遊ぶのに夢中で忘れてましたが、捕まえて情報を吐かせるべきでしたかね」
楽しかったのか、リリーの触手が機嫌よさそうにゆらゆらと揺れています。
「わかったこともあります、魔王は六男六女の十二人兄弟とか」
「その情報必要ですか?」
「ただいまー……って、だれもいないのか」
スカーレットが部屋に入ると、円卓が一つあるだけの薄暗い部屋に人影はない。
「みんな邪神を倒す準備してるよ」
小さな子供の声がして、円卓から水色の頭が二つのぞいてる。
男の子と女の子、双子らしき子供が二人、椅子に座っていた。
「クウとカイか。まんじゅう食べるか?」
双子はスカーレットの弟妹で、女の子はクウ、男の子はカイという名前だ。
まんじゅうが入っているらしい箱の入ったビニール袋を双子の前に置くと、双子は意地の悪い笑顔を浮かべる。
「毒、入ってない?」
「なら食べるな」
「いただきまーす」双子はまんじゅうを手に取ると食べだす。「スカーレット姉ちゃんはそういう策略とかできないしねー」
「フン、一言余計だ」
「で、スカーレット姉ちゃんは邪神を倒しに行かないの? わたしたちは休憩中だけど」とクウが言う。
「…………いや、ボクはゲームから降りる」
「え、なんで?」
双子がいぶしかんだ顔で見ると、スカーレットは目をそらす。
「……別にいいだろ」
「スカーレット姉ちゃん、邪神と会ったね? そしてぼくが思うに、負けたと見た」とカイが言う。
「…………」
「会ったのは……ラバーズ?」
双子がまんじゅうの包み紙をひらひらさせる。包み紙には『ラバーズ名物 ハートまんじゅう』と書いてある。
「…………」
「スカーレット姉ちゃん、黙っててもムダだよー。顔に出るんだから」
「……チッ。勝手にしろ、せいぜいよく準備して挑むんだな」
スカーレットはラバーズの街のパンフレットを投げて寄越す。
「ふふふ、休むってだいじだねー、こうして情報が手に入るんだから」
「じゃあぼくたちは行くね。またねスカーレット姉ちゃん」
双子は手を振ると、意気揚々と去っていった。
「……あの邪神はともかく、クロ、気を付けろよ。ボクの兄弟はみんな意地が悪いぞ」