裏野ドリームランドへようこそ
車内でわちゃわちゃと雑談をしながら、坂城が車を走らせること早30分程度。
最初の方は、民家やスーパーなどもちらほらと見えていたが、今はもう森の中である。
裏野ドリームランドは、その昔、広大な国営の敷地を借り受けて、M県U市が大体的に運営していたという過去がある。
この情報は信憑性があり、M県のホームページにある歴史年表に書いてあった。
ただ、名前が伏せられており、『テーマパークの運営』とだけ記されていた。
広大な緑と海に面し、自然との触れ合いをテーマに掲げていたとか。
海外のある国とも連携を取り、国際的な交流や中世の歴史などを学んだり、その国の物品なども輸入販売をしていたとか。
テーマパークのシンボルともなっているお城は、実際海外のある国にあるお城を模してできているとか。
とか、である。
調べれば調べるほど、様々な情報及び噂が出てくるが、どの情報もここ最近の噂のようだった。
オカルト部メンバーの面々にも、今から向かう場所へ行ったことがあるかという問いを行った。
誰も行ったことがなければ、知りもしないという。
既に廃園になって二、三十年ほど経っている。遊びに行ったことがあるといった世代は、現在、四、五十歳くらいか。
親から親戚縁者に確認して、遊びに行ったことがあるかという問いかけには、意外なことにほとんどが行ったことがあるという返答だった。
「わりと有名な場所だったよ。イベントも色々あってねえ」
「地方のテーマパークだから、そこまで広くはなかったな」
懐かしさは、覚えているという。
しかし、誰に聞いても、閉園となった理由が曖昧であった。
「お金でも足りなくなったんじゃないかな」
「え、何か事故があったんじゃなかったっけ?」
「子供が良く居なくなったりするとか。そういう話を聞いたことがあるなぁ」
曰く付きの噂の多くは、何らかの形で尾ひれがついたものであろうとも思える。ただ、いずれにも共通したウワサがあった。数にして、七つほどか。
今回は、その七つのウワサを主に検証し、オカルトな体験を受け止めていこう、というのが趣旨である。
「ニッキー部長、ノリノリですね」
「い、いや、そんなことはないぞ」
「いやだょ!こいつらと一緒に行ったら絶対、何か起きるょ!」
がくがくぶるぶる、生生が膝を抱えているのを優しい眼差しでお国が眺める。
やれやれですわ、と、麗子様は肩を竦めて、キノコが皆にお菓子を勧めだす。
サムライは、瞳を閉じて静かに呼吸を行い、空いた時間はいつも瞑想モードだ。
いつも通りのオカルト部の面々だ。中々どうして、頼りになる。
「はい、部長。ここのチョコおすすめなんだよ」
「おお、サンキュー」
キノコから、お菓子を受け取り甘味を口に運ぶ。うむ、美味である。
「おい、坂城も食うか」
「んん、いや、大丈夫。いらないよ」
「……いらない、だと」
やはり、何か変な物でも食ったんじゃないだろうな。
普段ならば、人の食べ物を何も言わずに勝手に食うほどに意地汚いやつなのに、未だに、キャラづくりをしているのか。
まるで、別人のようだ。別人ねえ。
ぐいぐい、と襟を轢かれて振り向くと、薺がごしょごしょと声を出す。
「ねぇ、ニッキー部長。ちょっと……」
「トイレか?」
拳が頭に飛んできた。わりと、痛い。
「そうじゃなくてっ!」
「まあ、みなまで言うな。後でな」
何を言いたいのか、なんとなく察する。中々、今回も楽しくなりそうではないか。
「うわ、悪そうな顔してる」
「ハハッ!」
「相変わらずイラっと来るくらいに似てますね!」
思わず、某大型テーマパークのマスコットキャラクターの声真似を披露。
おっと、これ以上はいけない。
「そろそろ到着するよ」
やや山間部となっていた場所を抜けると、大体のテーマパークにありがちな観覧車やジェットコースターなどが、ぽつぽつ見えてきた。ぼろぼろな風体であるのにも関わらず、しっかりと存在感が残っている。
さらに車が進むと、大きなお城のような建物もちらりと、見えた。
「ここから少し下ると、元駐車場があるんだ。でも封鎖されているからその手前までで一度停めるよ」
坂城がそのように述べながら、下りの道路を進んでいくと、やがて大きく開けた場所へと到着した。
「ここで、停めるね」
「よし、下りるか」
ぞろぞろと、皆で車を降りる。
もはや森の中といっても差し支えないほどに、緑に囲われていた。
みんみんみん、と蝉の声、ちゅんちゅんちゅんと、鳥の声。
都会の喧騒よりも、喧しいことこの上ないが、空気は澄んでいて、美味しく感じられるな。
「どんなところかしらねぇ」
「歩くの面倒だょ。だから、僕は車で待ってるょ」
「抱っこして、あ・げ・る!」
「いやだょ!」
生生は俊敏な動きで、お国から距離を取った。
「結構歩くのか?」
「すぐそこだよ。ほら」
坂城が指さす先、数百メートル離れて、これ以上の通行は出来ないことを示すかのように、薄汚れたフェンスが敷かれていた。
乗り越え防止の刺々しい針金がこれでもかと幾重にも巻かれている。フェンスの真中には、『私有地に付き、立ち入り禁止』の赤い注意書きがあった。
「封鎖されてますわね」
「そりゃそうだよね」
麗子様とキノコは神妙に頷き合う。
まあ、施錠されている扉は、開くためにあるのだ。
「細かいことは気にしないで、さっさと行くぞ」
「さすが、悪びれないですね!」
ぞろぞろと、フェンス前まで歩いていく。
近くまでくると、しっかりと施錠されていることがよくよく見て取れた。
無理矢理、攀じ登るという手もあるが、難儀である。
施錠をピッキングで開くか、それとも、サムライに切ってもらうか。
しばし、黙って侵入方法を考えていると、坂城がフェンスの前に立った。
「実は、このフェンスは厳重そうに見えて開いてるんだ」
坂城がフェンスの中心にある看板を持ち上げると、施錠されていたであろう鎖が緩んでいた。両開きのフェンスが、軽く開いて、大人一人分は入れる程度にはスペースができている。
「ほら、ね」
無駄に、器物破損はしなくて良いみたいである。中々、用意がよろしいようで。
「じゃあ、入ろうか」
「私が先に行きましょう」
サムライがすうぅっと音もなく、無駄に洗練された動きでフェンスを通る。さすが、武士。一人づつ、順番にフェンスを通るが、キノコの番でしばらくつっかえたので、後ろから蹴ってあげて事なきを得た。
「ひ、酷いよ部長・・・」
また、リュックサックが通らないので、上から放り投げることで、持ち込みも可能であるようだ。
ふむふむ、なるほど。
「麗子様、帰りは任せた」
「あら、アタリなのかしら。分かりましたわ」
ツーとカー。旧知の仲というのは、無駄に言葉を交わさなくとも、通じ合うことができる。
ぐいぐい、と袖を引かれて、振り向いた先には、薺が居た。
「ニッキー部長・・・」
「トイレか」
鳩尾に、拳がえぐりこむ。ぐふう。つ、通じ合わないな。
「もういいです!」
ぷりぷりと、肩を怒らせて薺が前を往く。
何を思うか、言わずとも知れているが、その言葉を言うのは暫くの間、控えておいてもらいたい。
折角のオカルトなのだから。
元駐車場を抜けて、暫くすると、ドリームランドの入り口に到着した。
ゲートであった部分の塗装剥がれて、今にも倒壊しそうなほどにぼろぼろである。いかにも何かが出そうな雰囲気を纏っていてグッドだ。
チケット売り場だったのだろうか。窓口のガラスは割れており、中には当たり前のように誰も居ない。
「ああ、そういえばチケットが手に入ったってどういうことだよ」
「ああ、チケットね。ちゃんと持ってきているよ。人数分ね。」
そこには、裏野ドリームランド入園チケットと印字された古めかしいチケットがあった。乗り物フリーパス。日付は、今日のものだ。
「まるでホンモノのようだ」
ひらひらと、裏表を眺める。演出過剰というよりも、既に何かが起きているのだという気さえさせてくれる。
坂城からチケットを手渡されて、皆々が思い思いの反応を返している中。
一つ咳払い。皆の視線を集めて、声を出す。
「では、ここで部長からの訓示を行う」
「懐かしいですね!」
「頭痛くなりますわ」
「久しぶりねぇ」
「わーわー!」
「はぁ……」
「………」
一つ、オカルトは実在する。オカルトを愛せよ。
正体不明を心で暴こう。
一つ、オカルトには、決して迷惑を掛けることなく、許容し体験せよ。
命大事に、ほどほどに。
一つ、オカルトとは、何ぞやと常に疑問を持ち、向上心を持って行動せよ。
好奇心は猫にまたたび、犬に骨。
一つ、生があってこそのオカルト。ヤバイと思ったら逃げるが勝ち。
生きるが勝者、死なば敗者。
一つ、オカルトな事象は、調べつくして後世へと伝えるべし。
オカルトをみんなで分かち合おう!楽しもう!
「ようこそ、裏野ドリームランドへ」
誰にも届かない、小さい声で。
ぽつりと、誰かが呟いた。
久しぶりの来園者達を歓迎するように。