9 一緒に食べよう
「汐崎さん、今日は私も弁当を買って来た。一緒に食べよう」
「・・は、はい」
??
なんだろう。最近、桐谷社長がお昼をやたら話題にしてくる。
はっ! 誰もいない隙に、パソコンやりながらパンをつまんでたの、見られてたとか!?
あっ、いつもコーヒーにミルクと砂糖二個ずついれてるの、ダメだった!?
怒られる?とドキドキしてると、ビニール袋をぶら下げた桐谷社長が私のデスクにやって来た。
今日は石橋さんも山本さんも出ているので、私と社長の二人しかいない。
「あ、あの、お茶を入れてきます。・・お茶、かコーヒーかどちらにしましょうか?」
「ありがとう。コメだから、煎茶をもらおうかな」
「はい、わかりました!」
よく分からない緊張感をもちながらトレーに煎茶とコーヒーを載せて部屋に戻る。
コーヒーは、ミルクと砂糖を一個にしておいた。
「ソファで食べるか。テーブルもあるし」
「い、いえ。私はここで」
あんなふわふわの高そうなソファでなんて怖くて食べられない。なにかこぼしてしまったらと思うだけで寿命が縮む。
「じゃあ、私がそちらに行ってもいいか?」
え? と聞く間もなく私のデスクに椅子を持ってきて座る桐谷社長。
このデスクは一人掛けとは思えないほどデカいので、二人でご飯を食べるくらいはできそうだけど・・、でもどうしてここで一緒に食べる必要があるのかよく分からない。
桐谷社長はビニール袋からどこかのお弁当屋さんで買ったらしい弁当を取り出し、デスクの上に広げた。
わあ、豪華。
あれは・・千円はするだろう。私の九日分の食費だ。オソロシイ・・。
割り箸を手に持つ桐谷社長がちらりとこちらを見る。
ああ、お前も食べろよってことでしょうか。
こちらはそんな豪華な物の前では出しにくいんですけど・・。まあ、いいか。気にしてたってしょうがないし。
私はデスクの下の自分のバックの中から、パンを二つ取り出しパクリと口にした。
スティック状のパンはいつ食べても美味しい。チョコチップが甘くて最高。
パクリもぐもぐ。パクリもぐもぐ。パクもぐもぐ。
コーヒーを飲んで、ごっくん。ふう。
口と手をハンカチで拭いて、またパソコンに向かう。さて、さっきの続きを・・
「ちょ、ちょっと、待てっ!」
突然、社長が大声をあげるので驚いて、ビクッと肩が竦んだ。
な、なに!?
「お前、そ、それでごちそうさまじゃないだろうな?」
「え・・、ご、ごちそうさま? あ、はい。そうですけど」
食事の挨拶なんてする習慣がないから、一瞬、何を言っているか分からなかった。
あ。一緒に食べようと誘ってもらったのに、先に食べ終わったのがよくなかったのかな。
でも、どう考えたって、私の方が早く食べ終わるのは仕方ないよね。
「お先に失礼しました」一応、軽く会釈しておく。よく分からないけど、社会ではこういう・・目上の人より先に何かをする時には一言断りをいれるマナーがあるようだし。
「・・ああ」
なぜかガックリと項垂れている社長。
ふう、と軽くため息をついてからお弁当を食べ始めた。
・・美味しそう。
ああ、そう言えば。もう一ヶ月くらいお米を食べていない気がする。
明日はコンビニでおにぎり、買おうかな。でもそれだと、一個では一日もたないしなあ・・。
ダメだ。却下。やっぱり五個入り百二十五円のミニクロワッサンにしよう。
よし。
気持ちを切り替えて、私はパソコンに向かい、さっきまでの続きに取りかかった。