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7 (隼一) 彼女のナゾ

パチパチ、パチ、パチ・・。

向かいのデスクに座る彼女のキーボードを叩く音が聞こえる。


集中力が途切れることなく延々と作業しているので、彼女に与えた仕事は俺が思っているよりも何倍も何倍も早く提出される。


今朝パソコンのメールを開いて、彼女から受け取ったファイルの内容に驚いた。

家に持ち帰ってやってるな。

そこまでしなくていいと言ったのに。勤務時間内の働きだけで十分よくやっている。真面目で丁寧な仕事だ。





この部屋のデスクは、パソコンに向かっていてもお互いの顔が見れるように、モニターで顔が隠れないように配置してる。

俺の座っている席からも、真剣にモニターに向かう彼女の顔がよく見える。


彼女は背は低くない。平均ぐらいか。

でも、すごく細い。

線が細いというか、華奢だ。ドンと叩いたらパキッと折れるんじゃないか。

顔は整っている。目も大きくて、可愛いコだ。

オシャレを楽しんでいる様子は全く見られない。毎日同じような黒かグレーのパンツスーツ。

後ろで一つに結んだ長い髪。前髪は重たく、ザクザクに切られている。


・・・中学生にいるよな、こういうコ。素材はいいのに、残念、みたいな。

もっと可愛い服を着ればいいのに。美容院で髪もカットして、ブローして、グロスの一つでも塗れば、とびきり可愛くなるんじゃないか?


なに、考えてるんだ。俺は。


自分の思考に驚く。何を考えてるんだ、俺は。馬鹿か。

彼女は賢い。よく分かってる。会社は働くところ。

着飾って歩くようなところじゃない。


きっと彼女だって、休日にはオシャレして友達と買い物に行ったりして過ごしているんだろう。うん、そうだそうだ。






そして月曜の朝。最近、朝イチで届くこのメールがコワイ。


俺に届いたメールに添付されていたファイルを広げて、思わず頭を抱えた。

内容は金曜に渡した仕事で、締め切りは一週間以内だったはずのもの。

これが今、送られてきたということは、彼女のスピードからして、土日の間中ずっとキーボードを叩いていたということになる。

俺は気狂いのワーカホリックだと、よく友人にからかわれるが、その友人達が呆れる気持ちがわかった気がした。



彼女も、俺と同種なのか。

自分のことは完全に棚にあげての発言だが、何故そんなに働く必要がある?

俺は今、仮とは言え会社を任されている立場にいる。

責任があるし、野心もある。

やってもやっても追いつかないほどやることはあるし、俺がやらないと回っていかない内容も多い。

だが彼女はイチ社員だ。俺とは違う。


だったら彼女は何の為にそんなに働く? 機会があったら聞いてみるか・・。





*****


彼女の謎はまだある。


それは、食事をしているところや食事に行くところを見たことがないということ。


先日昼を過ぎていてもパソコンの前でカチカチしてたから「昼ご飯にしたらどうだ?」と促した。

その時には、「はい、わかりました」とお辞儀付きで返されたが、俺が食事に行って帰って来ても同じようにパソコンに向かっていた。


俺は社内食堂か近くの定食屋で済ますことが多いが姿を見たことはないし、俺の食事の時間はとても短いから、その間に食べに行くのも無理だろう。


だが、「食べたのか?」と聞けば、「食べました」と返される。

いったい、いつ? なにを?


「ランチにでも行くか?」と誘ってみても、「いえ、結構です。すみません」と申し訳なさそうに、でもキッパリと断られる。




*****


今日こそは現場をおさえようと、昼ご飯の時間をズラして、部屋にいることにした。

外回りに出ている浩太は朝からいない。

山本はさっき電話が来て出掛けて行ったからそのままランチでも食べて来るだろう。

山本も何度か汐崎に声を掛けたようだが、やんわりと断られていた。


パチパチ、パチパチ、パチパチ・・

カチ、カチ、カチ、カチ・・


シンと静まり返った部屋に響き渡る、時計の秒針の音と、キーボードを叩く音。

その二つがひたすら続く。


・・・くっ。ダメだ。もう耐えきれない。


「汐崎」

今日は黙って様子を見るつもりだったのに、つい声をかけてしまった。

パチ、と音が止まり、彼女の視線が上がる。

「・・・はい、桐谷社長。なんでしょう?」


尋ねられて少し言葉に詰まった。しまった。何を言おうか何にも考えていなかった。

「あー・・っと、汐崎はお昼は?」

「?」何を聞かれているのかワカラナイ、という表情で、少し首を傾げる彼女は、少し幼く見えた。


「い・・今日は何を食べるんだ? 社内食堂か?」

いつもは何を食べてるんだと問いただしたい気持ちを抑えて、俺はそう聞いた。


「いえ。昼食は持ってきていますから」

「ああ、持参しているのか」

そうか。弁当とかいう考えは無かったな。

自分が自炊しないものだから、ご飯は外に食べに行くものとばかり思ってた。

じゃあ、俺も購買で弁当でも買ってくるかな・・





ところが。

弁当を買ってきて「一緒に食べよう」と言うと、「すみません・・、もう食べました」と返された。


なに!?

俺が席を立っていたのは購買に行ったわずか五分ほどの時間だ。

少々早歩きで行って来たというのに・・!



今日も食べているところは見れずじまいだった。

明日は朝、弁当を買っておこう。

・・自分でも少々ムキになっている自覚はあるが、気になるものは気になる。



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