番外編 22 ピンクのハイヒール
「俺も、お前を見てる男全員に苛立ちを覚えてる。
俺の女だ、見るな!ってそばにいる連中を片っ端から殴ってやりたいくらいだ」
「・・殴っちゃダメですよ」
いきなり何を言い出すのかと呆れたが、桐谷さんは至って真面目な顔だった。
「そこは分かってる。理性で抑えてるんだ」
「・・驚きました。桐谷さんでもそんな風に思うんですね」
「当たり前だろ。好きな女を独占したいって思って何が悪い。
まあ、俺も自分がこんな奴だと思ってなかったけどな。
本気で誰かを愛したことなんてなかったし、恋愛なんて仕事の邪魔だって思ってた。
これからも仕事でけが俺のすべてだと思ってたのに、鈴音と出会えて、色々激変したよ」
「それは、私の方こそ、ですよ。桐谷さんがいなかったら・・」
想像する。
桐谷さんと出会わなければ、私はずっと、あのままだっただろう。
ずっと、ずっと、自分を責め、一人きりの世界で生きていったんじゃないだろうか。
考えただけでもゾッとする。
桐谷さんは歩道の隅で再び足を止め、私を見つめた。
「俺はお前の、長時間保てる集中力や貪欲な知識欲は今までの努力の賜物だと思ってる。にわかに身につけられるものじゃないからな。
幼い頃からコツコツ頑張ってきたんだろう。
鈴音。誰とも比べる必要はない。
俺がお前を選んだんだ。お前以外には誰もいらない。これから先はずっとお前といたい」
桐谷さんの低くてよく通る声が心地よく響く。
私の手をすっぽり包んでしまうほど大きな桐谷さんの手を、私もぎゅうっと握り返した。
「私、頑張ります。あなたに相応しい女になるために。
仕事も、ですけど、女性としても。もっとスキルアップして、女を磨いて。
胸を張って、桐谷さんの隣に立っていられるようになりたいんです」
桐谷さんはふっと笑う。
「それは頼もしいな。じゃあ、俺も頑張っていかないとな。
最高にイイ女になった鈴音が横に立って誇れるような男でいないと。
他の若い男に掻っ攫われてったら大変だ」
靴屋の前で桐谷さんは足を止めた。ショーウィンドウには綺麗なハイヒールやブーツがディスプレイされている。
「なあ、俺、お前に買ってやりたいものがあるんだ」
桐谷さんは私の返事を待たずにお店に入っていく。
ぐるりと店内を見て、桐谷さんは薄ピンク色の、素敵なハイヒールを手にとった。
「鈴音、足のサイズは・・うん、いいみたいだな。履いてみろよ」
「は、はい・・。わ、すてき」
こんなに明るい色の可愛い靴は初めてだ。鏡の中の桐谷さんは私を見て満足そうに頷く。嬉しい、けど、恥ずかしい・・。
「鈴音の今日の服にもピッタリだな。よし、これにしよう。
・・会計してくれ。そのまま履いて帰りたい」
「はい、かしこまりました」と店員はにこやかに受け答える。
「うん。よく似合う」
「いいんですか? こんな素敵な靴」
「誕生日プレゼントってことで。誕生日、知らなかったからな。祝い損ねた。
来年からは盛大に祝うからな」
来年は・・。
来年も今みたいに桐谷さんと過ごせるの?
そんな風に先のことを予約するみたいに言われて、嬉しく思った。
「桐谷さん、コーヒーでも飲みますか? わ、・・きゃあ!?」
玄関のドアを開けると、いきなりすくい上げるように横抱きされ、そのままズンズンと進んでベッドに降ろされた。
ちょっ! く、靴! 靴まだ履いてるんですけど!
桐谷さんは私の足元にしゃがみ込み、にやりと笑って私の脚を持ち、ちゅっとキスをした。
「な、なにしてるんですか! や、やめてください。あ、あ、足に・・なんて」
私がやれと言ったわけじゃないけど、社長さまを足元に這い蹲らせておくなんてとんでもなく悪いことをしてるみたいだ。
自分で脱ごうとすると、制止される。
「鈴音、お前の脚はキレイだな。すごくソソられる。
ずっと、この脚に可愛い綺麗なピンクのハイヒールを履かせて、ベッドで脱がせてやりたいって思ってた。
ようやく念願の瞬間なんだ。じっくり楽しませてくれよ」
「へ、ヘンタイ・・」
「男は皆変態だ。惚れた女の前でならなおさらな。
今日は途中でやめないから、そのつもりでいてくれよ。
山本にも言われてただろ? たっぷり可愛がってやる」
「・・・」
恥ずかしくって何も答えられない。
でも、ちゃんと心の準備はしてきた、つもりだ。
了解の意思表示をする為に、手を延ばして桐谷さんの顔を引き寄せてキスをした。
顔を離すと、桐谷さんは満面の笑みを見せた。
「よっし、もう待ったナシだぞ! 鈴音」
少年みたいに爽やかな笑顔だった。
その笑顔はすぐに妖艶なものに変わり、私はそのまま・・大人の階段を駆け上った。彼に抱っこされたままで、訳がわからないままだったけど。
あんな・・恥ずかしいこと、本当に好きな人とじゃなきゃ無理だと思った。
本当に、好きになった人が桐谷さんでよかったって、そう思った。




