番外編 16 梨花さんとランチ
社長室に戻ると、桐谷さんはぐったりと社長の椅子に体を沈めて、大きく息を吐いた。
「はー・・。今日は、あの金髪ヤローのおかげで無駄な体力を消耗した」
「ふふ。シャルは昔からああいう性格なんですけど。でも、桐谷さんまで走って追いかけるなんて意外でした」
「意外? そうか」
桐谷さんはおかしそうにククっと笑って、渡したお茶をぐいっと飲み干す。
「・・まあ若い頃は俺も、あんなんだったのかもな。軽くてお調子者だったし。
似てるから余計にムカついたのかもしれない」
「ええ? 似ていた? そんなわけないでしょう」
私は驚いてすぐに反論した。
だって私にとって桐谷さんは仕事にひたすら真剣な人で、寝る時間も食事の時間も忘れてしまうくらいのストイックさで。
本当に格好良くて、どんな人に対してもスマートな対応で、シャルルとの共通点なんて見当たらない。
顔が良いということくらいはあるかもしれないけど。
「シャルは本当に、昔から女のコが大好きなんです。女の子を見ればフラフラと近づいて行って声を掛けちゃうくらい。
私をスキなんてて言いながら、いつも何人も女の子を連れていたんですよ。
本人に言わせると、女のコと遊ぶのを止めたらボクは死んじゃうよ、とか。
なにバカなこと言ってるんだって、そう思いません?」
「あ、ああ。そう、だな」
私の勢いに押され気味の桐谷さん。両手を前に出して、まあ落ち着けと言ってくる。
その時、ブルブルとポケットの中が振動した。
すぐそばにいた桐谷さんも気づいたようで、「構わないぞ。見てみろよ」と私を促す。
「鈴音の同期の友達じゃないか? おおかた噂を聞きつけたんだろ?」
ニヤニヤ嬉しそうな桐谷さん。
うう、他人事みたいに。
一番困るのは桐谷さんでしょって思うのに、桐谷さんは私とのお付き合いを隠すつもりはないって言ってる。
メールを開くと、桐谷さんの予想通り、梨花さんからのお昼ごはんのお誘いだった。
いつもは社員食堂だけど今日は外にランチを食べに行こうと誘われた。
「社員食堂じゃ大騒ぎになるから気遣ってくれたんだろ。いい友達じゃないか」
桐谷さんに言われてなるほどと納得した。さすが梨花さん。
「その店なら会社から近いし。行って来いよ」と言ってもらったので、ありがたくそうさせてもらうことにした。
行く前に「午後には遅れないようにな」とイジワルな顔で笑われたけど。
お店に入ると、奥のテーブルから梨花さんがブンブンと激しく手を振って呼んでくれた。
席に座るなり、「すずっ! 噂、ホントなの!?」とすごい剣幕で問い詰められる。
「いちおう、じ、事実、なんですけど。その、・・お騒がせしてしみません」
小声になってしまったけど素直に白状すると、梨花さんは口をぽっかり開けて目をパチパチさせて、「うひゃあー、マジなんだ・・」と声を漏らした。
注文したランチがすぐに運ばれてくると、梨花さんはパクパク食べながら早口でまくし立てた。
「もう、驚いたわよ! すっごく!
なんか会議室ですごい光景を見たって子がきゃあきゃあ騒ぎながら、桐谷社長とすずのことを話し出すんだもの。抱き合ってたとかキスしてたとか、金髪のイケメンと取り合ってたとか。
その子の証言だけじゃ皆が信じるわけないけど、その後でロビーのところでも見たって人が何人も現れてさ。社長がすずを巡って略奪愛で、金髪イケメンと激しく討論してたとか殴り合ってたとか!」
「な、殴り合ってはいません。追いかけっこしてただけで・・」
慌てて口を挟んだ。
ところどころ合ってるけど、だいぶ脚色されてる。これが噂の怖ろしさというものか。
すごいな・・。社長が取引先の社員を殴るとか、有り得ないでしょう・・。
「で、事実ってことは社長と付き合ってるってことなのよね? すず、大丈夫なの?」
「だいじょうぶって?」
「どういうきっかけで付き合ったのよ。まさかパワハラとかセクハラじゃないわよね?
脅されてとか・・」
梨花さんの目は真剣だ。私は慌てて否定した。
「そ、そんなわけないです!
私は桐谷さんは山本さんとお付き合いしてるだろうって思ってたから混乱してしまったんですけど、誤解だったそうで・・」
「そうなんだ。まあ、噂なんてそんなもんよね。金髪のイケメンって外部者なんでしょ? ナンパされたの? すず」
「いえ、あの。高校生の時の同級生なんです。
フランスからの留学生で、とても仲良くしてもらってたから、久しぶりに会って驚きました」
「そうだったの。へえ。
・・ねえねえ、それよりすず、桐谷社長にはどうやって告られたの!? 」
梨花さんは興味津々なキラキラした目で、ちょっと身を乗り出してきた。
「えっと、あの、・・好きだ、って・・」
恥ずかしくてそれしか口にできなかったけど、梨花さんは「きゃあ! シンプル! いいじゃん」って喜んでくれた。
私みたいなペーペーの新人社員が皆に大人気の素敵な桐谷社長とお付き合いするなんて、他の社員さんにしてみたら嫌だろうって思うのに、梨花さんはなんだか楽しそうだ。
「あの・・、梨花さん、不愉快ではないですか? わ、私なんかが、桐谷社長と、その・・」
「不愉快!? ナイナイ。あるわけ無いよ、そんなの。
まあ社長はカッコ良いって思ってたけど、それはただのミーハーだし。
すずが彼氏ができて幸せってことが嬉しいだけだよ」
「梨花さん・・」
にこにこ笑ってそう言ってもらえて、ジーンと心があったかくなるのを感じた。
「私も好きな人、いるからさあ。
その人と付き合えることになったらきっと超ハッピーだもん。
すず、おめでと! よかったねー!」
「・・ありがとう、梨花さん」
何故だろう。今まで桐谷さんとお付き合いするなんて、ちっとも実感がわかなかったんだけど。梨花さんにおめでとうって言ってもらったことで、じんわりと現実なんだって思えた。
照れ臭いけど、・・うれしい。




