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番外編 10 (隼一) キス

社長室に戻ると、俺の顔を見た途端、浩太が片眉を上げた。


「どうした? 桐谷。珍しいな、そんな分かりやすくイライラして。

汐崎は一緒じゃないのか?」

「・・・ランチに行ってる。フランス男と」

「あら、なにそれ。桐谷さん、詳しく話してよ!」

キラリと目を輝かせた山本に押し切られて、俺はさっきの出来事をかいつまんで話すハメになった。




「いやだわ、ライバル出現ね! ほら、だから言ったでしょう、桐谷さん。

外堀を埋めるよりも、素直に告っちゃった方がいいって!」

「うるさいな。そうしようと思ってたのに、外国へ飛ばされたんだから仕方ないだろう」


「見てみたいわあ、そのフランス人の彼。どんな子だった?」

山本が期待を込めた目で聞いてくる。残念ながら、十分にご期待に添えれるような奴だったよ。

くそ。

「・・・王子様みたいなキラキラしたヤツだった」

「きゃあ! ますます見てみたいわ」

「お前なあ、他の男に興味を示してるなんて、あいつが聞いたらヤバいんじゃないか?

あの独占欲の塊オトコの嫉妬は怖いぞ」

「あら、だいじょうぶよ。愛あっての束縛だもの」

ふふふと妖艶に笑う山本。


山本の恋人、藤田(ふじた)は俺の親父の秘書をしている。

頭がキレて優秀な男だが、山本への執着が激しくて恐ろしい。


「おい、そう言えば、汐崎がお前らがいちゃついてるのを見たらしいぞ。

コドモの前で教育に悪いから他所でやれよ」


石崎が教師のように叱りつけると、山本は首をかしげた。

「えー? (けい)さんは先週からずっと出張よ?」

「そうなのか? じゃあ汐崎は何を見たんだか。噂を聞いただけか・・」


「それより、そろそろ就業時間よ。

鈴音ちゃんが帰って来たらしばらく二人にしてあげるから、桐谷さん、早いところちゃんと告りなさいよ」

「・・・ほっとけ」







午後の就業時間が始まっても汐崎は戻って来ない。

一分、また一分と時間が過ぎる時計を見てはイライラした。

浩太と山本がそんな俺を面白そうに眺めているのがまた不愉快で、よけいに苛立った。


「っみません、遅くなりました!」

バタバタと走って来た汐崎が俺の前でぺこりと頭を下げる。

後ろ手に持っているのに嫌でも見える大きなバラの花束。

・・あのキザ野郎。

汐崎の目が赤い。潤んでいるように見える。何かありました、と言わんばかりの顔だな。

頬が上気して息が荒いのは、走ってここまで来たからか、あいつに何かされたのか・・?

その顔に色気を感じてしまうのは、俺が汐崎に惚れてるからなんだろうな。



「・・時間も忘れるほど楽しかったのか?

それとも、花束と一緒に愛の言葉でも囁かれていたのか?」

「え?」

汐崎は驚いた目で俺を見る。

図星だということか。自分で言っておいて腹が立つな。




部屋の隅でパタンと小さく閉まるドアの音。

さっきの言葉通り、浩太と山本が気を効かして出て行ったんだろう。


ああ、でも今、二人きりはマズイな。

こんな・・無防備で、無意識にエロい顔してる女と二人きりで、我慢できるわけないだろう。

ただでさえタイミングを逃して気持ちが急いているのに、あの男の挑戦的な態度のおかげですっかり煽られている。

ガキみたいに感情的なってる。



「あの、桐谷さん・・?」


一歩、一歩、距離を縮めると、動物的な勘を働かせたのか、汐崎は一歩後ずさった。



「なあ。汐崎。・・・俺にもキスしてくれよ」

「へ?」

「してただろ? あの男にも」

「シャルのことですか? あれは、挨拶で・・」

「だったら、俺にも挨拶しろ」

「な、なな、なに言ってるんですか!? 」

確かに。

何を言ってるんだろうな、俺は。でもあとには引けない。

あの男の触ったところに俺も触れてやる。


真っ赤な顔でオロオロと俺を見る汐崎は、どう見たって嫌がってない。

最近ようやく見せるようになった、恋してる女の顔だ。

戸惑いと、羞恥。

そんな態度は男心をくすぐるだけだって、わからないのか。このお嬢さんは。


逃げようとする汐崎の細い肩を掴み、顔を寄せた。


「好きだ、汐崎・・」


頬に二つ、首筋にも一つ口づけを落とすと、あまい香りが鼻をくすぐった。

「ひゃあっ」

色気のない叫び声と共に、バサリと花束が落ちる。


それに気を取られた一瞬の隙に、汐崎はバッと俺の手を振り払い、ダダダダっと、素早く逃げ出して行った。



しまった。逃がしたな。



時計を見るともう午後の会議の準備しないといけない。

汐崎の跡を追いかけたいが、社内でそんな目立つ真似は出来ない。

しょうがない。出るか。


バラの花束は踏み潰してやりたいくらいだが、花に罪はない。給湯室の流し台に水を張り突っ込んでおいた。



廊下に出ると、山本が隣の部屋からスッと現れた。


「さあ、行きましょう。桐谷さん。

後で、聞かせてくれるんでしょうね? 今の状況」

「楽しんでるな、お前・・」

「うふふ」




夜になれば、部屋で二人ゆっくりじっくり話せる。

汐崎に、男は逃げる獲物を追って食う本能があるんだってことを教えてやらないとな。

俺のものにしたら、もう逃がすつもりはない。


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