番外編 9 バラの花束
店を出て、会社に向かいながらシャルルと歩く。
腕時計を見ると、午後の開始時間まであと二十分。近いから大丈夫かな。
『スズは時計ばかり気にしてるネ。
日本はランチタイムが短いんだよ。フランスだと二時間は普通にあるよ。
皆好きなカフェでゆっくり寛いでから午後の仕事をするんだ』
ブツブツ文句を言い始めるシャルル。
この光景、なんだか懐かしい。
『シャル、それ高校の時も言ってたわね』
『だって高校のランチタイムなんて三十分もなかったよネ?
そんなんだから皆せかせかしちゃうんだよ、まったく』
『ふふ』
シャルルってばちっとも変わってない。本当に、高校の頃に戻ったみたい。
シャルルは歩きながら私の腰に手を添える。
『ねえ。スズ。今度この辺を案内して欲しいな。デートしようよ。
近くに遊べるところとか、ある?』
遊べるところと言われても、会社の周辺は食べ物屋さんくらいしか知らない。
『ごめんね、そういうのは全然詳しくないの。あまり外に出ないし・・』
『え?』
遊ぶことにかけてはかなり情熱を燃やすタイプのシャルルは、私の言葉に眉をひそめた。外に出ないって? と眉間の皺が私を非難してる。
『え、えっとね。土日に車でショッピングモールには連れてってもらったりするんだけど。
普段は、その、仕事が終わったらもう夜遅いし・・』
やれやれ、とシャルルは大げさにため息をついた。
『遊ぶ時間もないほど働くなんて馬鹿げてるよ。まったく。
ねえ、スズ。君は自分の好きなことをする時間をちゃんと持ててる?』
『す、きなこと?』
『そう。自分のための時間。会社のために働く時間じゃなくてね。
夜はリビングでシャチョーさんとどう過ごしてるの?』
どう、と言われても。
『テレビを観たり、パソコンしたり、本を読んでるわ』
『本? 趣味の?』
『・・資格とか、勉強の本』
『はあ。勉強したり仕事したりしてるの? 二人でいる夜に?』
『ええ。桐谷さんは横でお仕事してて、私が困ってると教えてくれたりするの』
はあー、とまたしても深いため息をつかれる。頭を抱える仕草まで増えた。
『やれやれ。とんだワーカホリックだね。まったく、これだから日本人は。
仕事は仕事。プライベートはプライベートだよ。
どうしてその線引きができないのかなあ?
それじゃあ、朝から晩まで一日中仕事してるようなもんじゃない。
ボクらには考えられないよ』
『そう、ね』
『スズ、そんなんじゃ時間が勿体無いよ。スズの今は、今しかないんだからネ。
もっと、今しかできない遊びをしたり、歌ったり踊ったり、恋愛して、自分を楽しませてあげないと。
スズ、あのシャチョーさんに悪影響受けてるんじゃないの?
四六時中、仕事のことばっかり考えてさ。
男女が一つの部屋にいて抱き合わないなんて考えられないネ。
なにが楽しみで生きてるの?
そんな奴のそばにいない方が良い。スズもカローシしちゃうよ』
カチンときた。
私は立ち止まって、背の高いシャルルを見上げ、睨みつけた。
『・・・確かに。働くのは遊ぶ為っていう考えのシャルにしたら、私達はずうっと働いてるだけのように見えるかもしれない。
けど、やるべきことがあるから働いてるの。
桐谷さんには目指すものがあるから。 ・・それをバカにしないで!
桐谷さんは私のことを部下としてしか見てないんだから、手を出してくるわけないでしょ!
頭の中えっちなことばっかりのシャルとは違うんだから!』
言ってて自分で悲しくなった。
『だから、・・部下として、仕事頑張って、認めてもらいたいって思うのよ!
何がダメだって言うの!?』
『ちょ、待って、待って。ごめん、スズ。泣かないで』
シャルルが焦った声で私を宥める。
泣いてることに気づいて慌てて手で拭った。
『ああ、ホラ、こすっちゃダメだよ。
メイクしてるんでしょ。目の下が黒くなっちゃってるよ。
ほら、これでそっと拭いて。あそこのお店でトイレを借りて直しておいでよ』
『うん・・』
マスカラが少し取れてたので、水で濡らして強引に目の下の黒いのを落とした。
こすったから赤くなってしまったけど、すぐ治まるだろう。
雑貨屋さんから出ると、シャルルが向かいのお店から走ってきて、目の前にバラの花束が差し出された。
『ゴメンネ、スズ。バカにしたつもりはないんだ。それは分かって?
ただ、悲しいだけ。キミがシャチョーのことばかり話すから』
シャルルは私の手を取り、そっと花束を乗せる。
『スズ、夕飯に誘ってもいい?
遅くなっちゃったけどキミの誕生日を祝わせて欲しいな』
『お祝いなんて。この花束で十分よ、シャル』
『こんな小さな花ではボクの気持ちは表せないよ。
ね、スズの時間をボクにもちょうだい? ボクと過ごして』
『う、うん』
いつもヘラヘラ笑ってるのに急に真剣な顔するから、シャルルの勢いに押されてしまった。
予定、空けれるかな・・。




