5 (隼一) 新入社員の女のコ
桐谷社長、視点です。
山本が彼女を連れて部屋を出る。
隣にある給湯室や、廊下の突き当たりにある女子更衣室などの説明は、女同士がいいだろうから、男二人はここで待機だ。
俺はデスクの上の書類を手にした。
彼女が書いた字は、年頃の女のコらしい可愛らしさは無く、細やかに書面を埋め尽くしている。
几帳面な性格がわかるようなピシッと揃った文字。
高校の教師からのコメントにも、真面目なとか努力とかの言葉が見てとれる。
「彼女が噂の高卒採用者か。見てみろ、浩太。資格の欄、ビッシリだ。
商業高校といってもこんなに資格は取れないだろうから、独学で取ったものも多くあるな。
下手な四大卒でプライドの高い奴らよりもよっぽど使えそうだ」
今回、俺は国外に出ていたから、採用試験の面接は人事に任せていた。
その人事の親しい奴が言っていたことを思い出す。
今年は珍しい子を入れてみた。将来が楽しみ、絶対伸びる女だぜーと笑ってた。
彼女のことに間違いない。
しかし、人事からの評価に、フランス語の会話能力は書かれていない。
資格に英検があるくらいだ。あんなに喋れるんだからアピールすればいいのに。本人はそれを主張するつもりはなかったのか。気づいてラッキーだったな。
思わずニンマリする俺とは逆に、浩太は苦虫を噛み潰したようなイヤそうな顔をしていた。
「・・・大丈夫か? まさか十八歳のガキが社長の専属通訳とはな・・・。
桐谷、あまり気に掛けるなよ。社長に失恋して辞表なんて勘弁してくれ、だぞ」
盛大な溜息をつかれる。
それについては同感だ。以前にも俺の秘書になった女が、勝手に俺に惚れて騒いで揉めてフラれたと勝手に傷ついて勝手に辞めていったことがある。一度や二度ではない。
だから俺の周りには浩太と、絶対に俺には惚れない女の山本しか残っていない。
・・だが、まあその点に関しては、今回は心配いらないだろう。
「今時の女子高生が、一回りも違うおっさんなんて相手にしないだろ。
可愛いコだし、彼氏ぐらいいるんじゃないか」
はははと笑って済ます。
「マイケルがやたら彼女を気に入ったから、仕方ない。マイケルとの契約が取れたら他の課に移ってもらえばいい。新人研修もここからでも出られるだろう」
「まあ、そうだな」
この時、俺らは彼女のことを勘違いしてた。
いや、見くびっていたと言った方が正しいか。
*****
次の日からさっそく始まった彼女の通訳の仕事。
マイケルとの会議では、想像以上に優秀な働きぶりを見せてくれた。
正直ここまでやってくれるとは思ってなかったので驚いた。
かなり難しい専門用語を入れて話しているのに、一度だって詰まったり困ったりする様子もなく通訳してくれる。
毎回マイケルがご機嫌なので、話がサクサク進められて行く。
当初、この取引は成功率が一割程度だったのに、この様子だと交渉成立間違いないだろうと思われる。
俺は英語なら会話も読み書きも人並み以上にできる。
マイケルから送られてくる文章も英文だったから、今まで何の問題もなく商談も進んでいたのに。
この前、急に、自分の母国語はフランス語なんだ、そっちで話したい、なんて言ってきやがった。
絶対に嫌がらせだ。
突然早口なフランス語をペラペラ話し始めやがって、まるで俺がどう対応するのか面白がってるみたいな感じだった。
突然現れた新入社員の女の子が流暢なフランス語で返したのも驚いたが、マイケルは思わぬ話し相手が出来たと言わんばかりに目を輝かせてた。
アイツ絶対に、うちとの商談を暇つぶしぐらいに思ってないか?
中小企業だと思ってナメやがって。
だが、大手企業のマイケルとの契約は欲しい。
汐崎の存在は本当に天の助けだ。
そして、彼女の仕事に対する熱意は半端なものではなかった。
今時の若い女子は根性が無いから大丈夫か、なんて心配していた浩太も、「働きすぎだ」「休憩しろ」などと逆の心配をしている。
外回りで席を外すことの多い浩太でさえそう感じるんだから、常にそばにいる俺が感じない訳がない。
彼女は仕事が早いわけではない。まだ働き始めて一ヶ月。それは当然だ。
パソコンの操作も普通よりはできるんだろうが、俺から見ると無駄が多いし遅い。
しかし、一度説明したことは素早くメモを取りすぐに実行するし、注意すればまたメモを取り、同じミスは二度としない。
ひとたびデスクワークを始めれば、会議の準備に取り掛かる時間まで、ずうっとひたすらキーボードを打ち続ける。
声を掛ければ返答するし話もするけど、余計なおしゃべりは一切無し。
ちょっと、怖いくらいの集中力だ。
なんだか、今まで頭にあった、今時の女のコという概念を覆された。
すまなかったなと一言心の中で謝っておいた。