42 玄関に掛けられた絵
熱く語る桐谷さんに、私は引き込まれた。
桐谷さんの仕事に対する思い、会社を背負う社長としての責任感の強さは素晴らしいと思った。
それに比べて私は・・。
「すごいですね、桐谷さん。本当に、尊敬します」
「俺は部下に恵まれてるからな。俺がどんなに良いアイデアを持ってたって、一人じゃ形にはならないからな。それを実行してくれるのは社員の皆、一人一人だ。
お前もな、汐崎」
「いえ。私なんか。・・なんだか、一緒に働かせてもらうのが申し訳ないです」
「え?」
「だって、私・・、私はただ、お金が貰えればって、お金を稼ぐことしか考えていなくて。
真摯に会社のために働くことをしてこなかったって、思います」
「そんなの、普通そうだろ。気にしなくていい」
はははと桐谷さんは笑う。
「平社員のお前が、会社のために身を粉にして働きます、とかいう方が不自然だよ。
そんな媚びるようなことを言ってくるヤツは嫌だな。嘘くさい。薄っぺらそうで」
桐谷さんは嫌そうに眉をしかめる。
「そういうものはある程度、何年も勤務して、役職がついて人の上に立つ立場になって、やっと意識されるくらいのものだ。
汐崎は自分に任された仕事はきっちりやるだろ。
まずは、それがなによりも大事なことだよ。
それが出来なきゃ何も始まらないからな。
汐崎の一生懸命なところ、真面目で頑張り屋なところは、俺も浩太も山本も皆評価してる。
頑張りすぎてて心配だって言ってるくらいだ」
「いえ、そんな。私は、仕事に逃げてるだけです。
・・・仕事をしていれば他のことを考えなくていいから。
一人でいると、嫌な気持ちで押しつぶされそうになってしまうので・・・、だから、打ち込めるものがあって、助かってるんですけど。
働くことの意味とか、そういうものは全然・・」
高校の頃はひたすら勉強することで空っぽな時間を埋めていた。
社会人になって、それが仕事になっただけで、私はちっとも成長していない。
「まあ、これからは、他のことをする時間も増やせばいい。
働く意味だって、そのうち自分なりに見つかるだろ。悩むことじゃない」
ふわりとまた頭を撫でられた。撫でられたついでに髪もほどかれる。
はらりと黒髪が頬にかかる。
桐谷さんの大きな手がその髪をすくって耳にかける。
・・・えっと。??
「あの、どうして、髪をほどくんですか?」
「え・・?」
桐谷さんは少し言葉に詰まって、それから頭をぽりぽり掻いて小声で言った。
「その方が、似合うから、だ。そっちのが可愛い」
「・・あ、りがとう・・ございま・・す」
恥ずかしい。
桐谷さんには、もう何度も『カワイイ』って言ってもらってる。
初めてじゃないのに、今言われた『カワイイ』はすごく・・・顔が熱くなった気がした。
*****
家は、私が出て行った三年前と何も変わってなかった。
玄関の前に並ぶプランターに植えられた花まで、昔と変わらずに綺麗に咲いていた。
門柱のチャイムがなかなか押せなくて固まっていたら、奥の玄関が勢い良く開いた。
「すず!」
母だ。玄関から飛び出すように駆けて来た母。私も走って母に抱きついた。
「・・おかあさんっ!」
ぎゅうっと痛いくらい抱きしめられる。私も、めいっぱいぎゅうっと手を回した。
「ごめんね。ずっと、待ってたのよ、すず」
「ううん、私の方が、ごめんね、お母さん。私・・」
「家でゆっくり話しましょ。和寿は出掛けてるけどもうすぐ帰って来るから。・・・あら? そちらは?」
私の後ろに立つ桐谷さんに気づいた母が目を丸くする。
桐谷さんはスッと一歩前に出て軽くお辞儀をした。
「お、かあさん。こちらは桐谷さん。あの・・」
「桐谷 隼一です。初めまして。親子の再会に立ち会わせてもらってすみません。
今日は上司として彼女の働きぶりを聞いていただこうと思い、同行させてもらいました」
「まあ、こんな素敵な方と一緒に働いてるの? すずったら」
桐谷さんが出した手をぶんぶん振って、母はご機嫌に笑う。
「やるじゃない、すずったら。さあ、上がってくださいな」
母が玄関を開けると、ふわっと懐かしい香りがした。
我が家の匂いだ・・。
玄関の壁には絵が掛けてあった。昔はなかったものだ。
「・・・!」
息が、止まるかと思った。
額に縁取られた両手を広げたほどもある大きな絵の中には、薄黄色のワンピースを着た女の子がいた。
白色の花のついた帽子を手にして柔らかく笑っている。
これって・・
「お前の絵、だな」
桐谷さんが私の隣に立って呟いた。
私の・・? これ、わたし? わたしなの?
絵の中の女の子は幼くて無邪気な笑い方をしてる。
私、こんな顔で笑ってたっけ?
この絵を・・お兄ちゃんが?
ぼうっと絵を見つめる私の背中に桐谷さんの手が添えられる。
「この絵を見ればよく分かるな、汐崎。何の心配もいらない」
「・・・はい」
優しい声は、すうっと私の中に響いた。




