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37 (隼一) 彼女の涙

一体何が起きた?


さっきまで笑ってた汐崎が、突然ハッとしたように青褪め、ふらりとよろめいた。

抱きとめようとすると、身をねじるようにして俺から距離をおいた。

え?

「・・・あの、私、かえります、から」

「え? ちょ、汐崎?」


汐崎はダッと駆け出そうとした。でも、それを許すはずはない。とっさに彼女の身体を捕まえてた。

帰るって。これから俺達も帰るのに、何を言ってるんだ。

第一、車で来たのに一人で歩いて帰る気か。


「や、・・は、離してください! 私、こんなところに来ちゃダメなんです」

「離したら逃げるだろ。って、おい、このやりとり前もしたよな。なんなんだ?

おい、浩太。汐崎と話してくるから、しばらく店でも見ててくれ」

「・・・わかった」

驚いたような顔をしていた浩太だが、一つ頷くとメグミ達のいる方に歩いて行った。



人があまり来ない従業員用の小さな通路に入る。

ジタバタ逃げようとするもんだから、頭にきてひょいっと抱き上げてやった。

「きゃあ、わ、わ」

小さい子を抱っこする時みたいな縦抱っこ。汐崎は急に高くなった視界に焦って俺の肩に両手を置く。


「き、桐谷さん。お、降ろしてください」

「嫌だね。それより、急にどうした?

さっきまであんなに楽しそうだったのに。なにがあった?」

「・・・・」


汐崎は俯いてる。けど、俺は汐崎を抱き上げてるから表情が丸見えだ。眉毛をハの字にして、困ったような今にも泣き出しそうな顔をしてる。


「何か嫌なことでも思い出したのか? 気になることでもあった?

女の子同士の買い物は楽しかっただろ? 」



「・・・なの」

「え?」

小さく呟かれた言葉は小さすぎて聞き取れなかった。反射的に聞き返し顔を寄せた。


「・・・私、ダメなの。わ、笑ってちゃ、ダメなの。

楽しいこと、してる場合じゃないの。仕事・・しなきゃ! じゃないと・・わた・・、か・・れないっ」


ぽろぽろ、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ、言葉が飛び飛びになる。


「私に、近づいちゃ、だめ。

親しくなんて、なっちゃ、・・めって・・ってるのに、どおして?」


たまらなかった。

ずっと溜め込んでいたものを吐き出す、駄々をこねる子どものような泣き顔。

俺は小さな汐崎の身体をぎゅうっと抱き寄せて背中を、頭を撫でた。


「や、ダメ・・っ」

「なんだよ、それ。お前と仲良くなっちゃいけないのか?」

冗談で聞いたのに、真っ青な顔して頷かれた。マジかよ。


俺の首に縋り付くように本格的に泣き始めてしまった汐崎。

大声で泣きわめくわけじゃなくて、声を抑えてひたすら涙だけを流す。

片手で携帯を操作して、タクシーで先に帰る旨を浩太に伝えた。

後でどやされることだろう。




タクシー乗り場に向かいながら、考える。


笑ってはいけない、人と親しくしてはいけない。

一体誰からそんなことを言われたんだろう。

他人から何を言われたとしても、そんなことで自分の言動を支配されるなんて、馬鹿げてる。


ただ、汐崎はまだ十八歳だ。誰かからの心無い言葉にトラウマを持ってることは考えられる。

高校は全寮制だと言っていた。かなり狭い世界で過ごしてきたのかもしれないな。






*****


タクシーが会社に着く頃には辺りは暗くなり始めていた。

専用のエレベーターで最上階に昇る。

汐崎はずっと抱き上げたままだ。部屋に着くと、靴を脱がせる時に焦った顔をされたが構わず脱がせてソファに座った。

俺の膝の上に汐崎がちょこんと乗っかる姿勢になる。

男に免疫のない彼女はこんな姿勢にも何も危機感を覚えないらしい。要注意だな。

泣き止んだ汐崎の目は、腫れてはいないけど潤んで赤くなってる。いつもに増して可愛い。



「あ、あの・・・。すみません。私、何度もご迷惑を・・」

肩を竦めて申し訳なさそうにいうので、ちょっとイジワルしてやりたくなる。


「そうだなあ。二度も三度も社長の俺に抱っこやおんぶさせるなんて前代未聞だぞ」

わざと大袈裟に言ったら、汐崎には冗談に聞こえなかったらしく青褪めた。


「す、すみま・・」「冗談だ。気にしなくていい」

真剣に謝ろうとするので遮った。


「・・・それより、聞かせてくれないか? いろいろ」

「・・・」

ひゅっと、汐崎が息を呑む音が聞こえた。


一体、

お前は何にそんなに怯えているんだ?


膝の上の汐崎の腰に回した腕にぐっと力を込めた。大丈夫だ、と言ってやりたくて。



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