36 鏡に映る私
ショッピングはすごい世界だった。
綺麗な服がたくさん並んでいて、しかも着てみてもいいなんて、ホント夢みたいだった。やぶったり汚しちゃったらどうしようって怖かったけど。
そして、次の土曜日も、またその次の土曜日も、昼に仕事を終えて桐谷さんに弟さんのお店に連れられて、あれよあれよという間にショッピングに行く流れになってしまった。
断らないとと思ってるのに。またあの綺麗な場所を見たいっていう気持ちが抑えきれない。
メグミさんは明るくて素敵な人で、大学での話とかを面白く聞かせてくれる。友達のこと、先生のこと、バイトのこと、美味しいお菓子のこと、・・・どれも想像できないくらいキラキラした世界の話で、面白くて聞き入ってしまう。
ショッピングモールに向かう車の中で、いつものようにたくさんお話をしたメグミさんが飲み物を飲んだ時、運転手の石橋さんが口を開いた。
「悪いな、汐崎。おしゃべりに付き合わせて。やかましかったら口を塞がせるぞ」
「そんな!・・ 楽しいです」
石橋さんだと本当に口を塞いじゃいそうでコワイ。
「あの、私の知らないことばかりなので、ずっと聞いていたいくらい、楽しいです」
「ありがとー、鈴音ちゃん!」
「わ!?」
ガバッと抱きつかれて、すごく驚いた。
その驚いた私を見て、桐谷さんも山本さんも、メグミさんも大声で笑った。
ショッピングモールに着くと、メグミさんと山本さんが中心に色々買い物をして、途中で私も一つだけお店に連れてってもらって試着をさせてもらう。
前回は薄い黄色のワンピース。
今回は白いリボン付きのブラウスに青いスカート。とても綺麗な青。
カーテンを開ける時は緊張して自分では足を踏み出せない。
メグミさんがバッと開けてくれて、山本さんが笑顔で迎えてくれて、桐谷さんが「似合うぞ」って声を掛けてくれる。
嬉しくて、恥ずかしくて、・・夢みたいなひと時。
しばらくいろんな店を回った。
足がちょっと疲れたなと思った時、桐谷さんが休憩しようと提案した。
皆について行って入ったのは喫茶店みたいにいい匂いのするお店で、よく分からなくてオロオロしている間に皆さんが色々注文してカップなどを受け取っていた。
私は一番後ろに下がっていることにした。
「汐崎」と呼ばれて「はい」と桐谷さんに渡されたカップには、なんと、アイスクリームが入っていた。
しかも、大きなアイスが三つも!
信じられない!
「どうぞ」
桐谷さんの手が私の手を取り、私にアイスクリームのカップを持たせた。ズシリと重い。信じられない・・。
「あ、あの、桐谷さん・・」
「ん? あっち、空いてるな。座ろう」
「鈴音ちゃん、このピンクのやつあたしのお勧めなんだよ。
ストロベリーミルキークッキー! 下のはダブルチョコレートナッツイン。上のは定番、バニラキャラメルチョコチップ」
説明してもらいたいのはアイスのことじゃなくて、どうして私の手にこれがあるのか、なんだけど・・。
テーブルに着くと、桐谷さんと石橋さんはコーヒーらしきものを飲んでいる。
女三人はアイス。
二人はわかるけど、私まで、こんなすごいものをもらう理由がない。
「あの、桐谷さ・・」
「ん? 早く食わないと溶けるぞ。俺は甘いもの得意じゃないからな。
頑張って食べろよ」
「は、はい。あの・・・いいんですか? ごちそうになって」
「お前に買ったんだ。食えよ。アイス、好きなんだろ?」
好き。アイスは、甘くてつめたくて、一番好きなもの。
私、桐谷さんにそんな話してないのに、どうして知ってるのかな。
そんなにわかりやすかった・・?
スプーンですくって口にいれる。
「おいしい・・」
甘くて、色んな味がする。
味なんて、しばらくは何を食べてもよく分からなかったこともあるのに。
・・・桐谷さんと一緒に食べるようになって、色んな味を感じられる。
「美味いか。よかったな」
にっこり笑う桐谷さんの笑顔は、やさしい。
仕事の時はキリッとした顔の桐谷さん。笑うと、目の横にシワが寄る。
それがとても優しくて、桐谷さんににこって笑われると、ホッとする。
肩の力が少しだけ抜ける感じ。
不思議なんだけど。
どうしてだろう?
食べ終わって、車に戻るためにまたショッピングモールをみんなで歩いていく。
メグミさんは山本さんの手を引いて店先に置いてある物を見てはきゃっきゃと笑い、石橋さんもそれを見ながら少し表情を柔らかくしていた。
ふと、横のショーウィンドウの鏡に写ってる私が見えた。
嬉しそうに笑って、桐谷さんの横を歩いている。
笑ってる、私。
『あんただけ笑って楽しく過ごさないで!』
『人に怪我させといて、何もなかったみたいに笑ってるなんて許せない!』
・・・っ!!
頭に響く声。
あの日からずっと私に刻まれている、私を戒める声。
サーっと全身の血が引くような感覚がして、一瞬目の前が真っ黒になったように立ちくらんだ。




