32 弟さんと妹さん
ある土曜日、昼前だけ出勤して通訳の仕事をした。
それを終えて、相手の方も帰られると、桐谷さんがランチを食べに行こうと言う。
奢ってもらえるのはありがたい。非常にありがたいんだけど、申し訳ない気持ちも大きい。
外に出た時は、私が断っても「いいから、腹減った。行くぞ」と私の手を引っ張ってお店に入ってしまう桐谷さんだけど、今日は土曜日だし、今は自社にいる。
それなのに甘えるわけにはいかない。
「あの、すみません。いつも奢ってもらうばかりで・・」
「お前ねえ。すみませんっていうほど食えてないから。まだまだ汐崎の分なんて俺が食べるついで程度だ。一人前の半分も食えないだろ。もう少し食べれるようにならないと、身体が丈夫にならないぞ」
「は、はあ・・」
「まあ、いいから行こう。知り合いの店なんだ。
山本と浩太もお茶しに来るらしい。この前の歓迎会の続きだと思ってさ」
この前の歓迎会って、酔っ払って社長におんぶさせたあの日ですか?
・・それを言われるとなんだか断り辛い。
答えを悩んでいると「ほら、行くぞ」と桐谷さんの手がパソコンの鞄に伸びる。
思わず私は鞄を取られまいとぎゅっと抱きしめた。
「・・・」
「・・・」
桐谷さんの腕がするりと私の背中に回り、そのまま歩き始めた。当然私も歩かされる。
「あ、あの、私、結構ですから・・」
「いいから。お前を一人にしとくとメシも食わないだろ」
う。それは、そうかもしれないけど。
・・結局また今日も押し切られてしまった。
着いたお店はとてもお洒落な外観のお店だった。
「いらっしゃいませー」
明るい声に迎えられる。カウンターの中にいる人の顔を見て、私は驚いた。
石橋さん!?
見たことのない爽やかで陽気な笑顔。にこにこにこにこ。
・・・え?
その人は、桐谷さんに顔を向けた後、私に向かって笑った。
「いらっしゃい、桐谷さん。
あ。君が新人さんかな。兄さんから聞いた通りの可愛い子だね。どうぞ、座って」
え?え?
驚く私の隣で、桐谷さんがぷっと吹き出す。
「はは。予想以上に驚いてるな。そっくりだろ。浩太の弟」
「弟の石橋 裕太です。よろしくね」
お、弟、さんだったんだ。あんまり似ていて驚いてしまった。
「顔はそっくりだけど、中身は正反対なんだ。この兄弟は。
浩太を知ってる人間は裕太に会うと驚くし、裕太の知り合いは浩太に会うと驚く。おもしろいだろ」
「ひどいな、桐谷さん。兄さんと僕とで遊ばないでくださいよ」
「美味い店を部下に紹介したんだ。客が一人増えただろ?サービスしろよ」
「ハイハイ。食後のコーヒーでいいですか?」
「ありがと。ランチには遅い時間だけど、いいか? パスタランチをセットで。分けるから取り皿も。あ、デザートも一つつけてくれ」
「了解です」
すぐに運ばれてきたコーンスープとサラダを一口づつもらう。
毎回食事に連れて行ってもらう度に、一つしかないスプーンやフォークに口を付けるのを躊躇っていたんだけど、桐谷さんは何も気にしていないようなので、そういうものかなと納得した。
大人は小学生のように間接キスだって騒いだりしないんだろう。
パスタは取り皿をもらってほんの少し取り分けてもらった。
申し訳ないことに、何度も桐谷さんにやってもらっている。そしてだんだん私のお腹の適量がわかってきたようで、丁度いい量をくれる。
もちもちでとっても美味しいパスタを食べ終えると、なんとデザートにアイスが出てきた。
白いホイップクリームに真っ赤なサクランボを乗せた、絵で見たことあるようなステキなアイスを。
おいしそう・・・!
食べるのがもったいないなあ。
「おい、汐崎。見てるだけじゃ溶けるぞ」
声を掛けられてハッと顔を上げると、桐谷さんが笑いを堪えた顔で私を見てた。
恥ずかしい。
美味しいアイスを食べていると、桐谷さんが「浩太、こっちこっち」と手を上げた。
「こんにちは。今日も土曜出勤してたの? お疲れ様ね」
石橋さんと山本さんがやって来た。
石橋さんの後ろから、ひょこっと女の人が顔を出す。
私を見てその人はパアッと大きな目を輝かせた。
?
誰かなと思っていると、石橋さんが何故かため息をついて一言「妹だ」と言った。




