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28 (隼一) 追いかけて

後に残った男二人。

俺は非難の目で浩太をジロリと睨んだ。

気マズそうに頭を掻く浩太。こいつは口は悪いが、本当に真面目で、俺の仕事を誰よりも支えてくれてる。

もしも何かあったら、と汐崎に一言言ってやりたい気持ちも分かる。

でも、今はまだそういう追求をする時ではないだろう。


「昨日怖い思いをしたのは、汐崎なんだ。キツいこと言うなよ」

「・・わるかった」


ふう、と息を吐く。

追いかけて、捕まえてもいいんだろうか。

野良猫のように怯えて逃げて行った彼女を。


自分が襲われかけたことよりも、俺に怪我させそうだったことを酷く気にかけているようだった。俺が社長だからか?

・・・すごく悲しそうな顔をしてた。

全身で、俺を・・他人を拒否するようなオーラを出してた。



そう思う気持ちが、すぐに走って後を追うのを躊躇わせた。

思い足取りで玄関に行くと、そこにきちんとそろえて並んでいる小さな、黒いハイヒール。

昨日、俺が拾ったものだ。


小さな足は、固いアスファルトを走って、ストッキングも破れて血だらけだった。

なのにまた、これを置いて走って行ったのか?


「・・・ったく。追いかけて、連れ戻して来る。浩太は適当に帰ってくれ」

俺はリビングにいる浩太にそう叫び、走り出した。


・・昨日から、走ってばかりだな。







汐崎のアパートの少し前で、トボトボ歩く女の子の姿を見つけた。

追いついた。鞄が重くて走れないんだろう。

「汐崎、靴を・・」

声を掛けると、バッと振り返り、慌ててまた走り出した。

「おい!」

待て! と怒鳴りたくなるのをぐっとこらえて、彼女に駆け寄り肩にかかる鞄の紐を掴み取った。


急に軽くなった汐崎は前につんのめって、倒れそうになる。それを抱きとめた。


「はな・・、離してくださいっ」

俺の腕の中で暴れる彼女は、本当に手負いの野良猫のようだった。

「落ち着け。離したら逃げるだろ。汐崎」

ジタバタともがいても、そんなか細い力じゃ俺の腕の中から出られないぞ、と思う。


「落ち着けって。話がある。俺の前から逃げるな」

言い聞かすように耳元でゆっくり話す。


汐崎は観念したのか、コクンと頷く。

「お前、また靴を置いてっただろ。ほら、血が滲んでるじゃないか」

膝裏に腕を回し、ひょいっと抱き上げた。ひゃあ、と声が上がる。



「さっきは浩太が誤解させる言い方をしたな。別にお前を責めた訳じゃない。

ただ単に、今お前が住んでいるところにそのまま居続けるのが心配だって、あいつはそう言いたかっただけなんだ。

また変な奴に狙われたらどうするんだって。

そういう意味だから、俺に謝る必要なんてない」



俯いてる汐崎は、何も反応を示さない。

「汐崎。お前のアパートは危険だ。

だから会社の上の空き部屋を貸してやる。住み込みみたいなものだろ。

お前はうちの社員なんだから、遠慮しなくていい」

自分で言いながら、無茶苦茶なこと言ってる自覚があった。

社長専用の住居スペースで、住み込みってなんだよって言いたくなる。


「わかったか?」

「・・・はい」

汐崎は俯いたまま小さく返事をした。


「だったら、ほら、行くぞ」

俺は汐崎を抱き上げたまま、彼女のアパートの部屋に上がり込み、荷物をまとめるように指示をした。

困惑気味の汐崎に、「少しの間だけだ」「新しいところはすぐに見つけるから」なんて、見当もつけてないのに適当に言いくるめた。


ふと顔を上げると、カーテンの向こうに人影が動いたような気がしてゾッとした。

とにかく、一秒でも早く、このアパートから出て行かせないと。




彼女の荷物は小さなボストンバッグ一つに納まった。

生活用品と衣服すべてでこれだけってどういうことだ。

布団もぺらっぺらの薄いもので、折りたたむと座布団三枚分ぐらいのかさしかない。


「敷布団は?」

「あ、ないです。必要ないので」

・・どういうことだ。まったくもって意味がわからん。

床に寝るとか、身体がバッキバキになるだろう。ここにはソファもないのに。



まあ、深く追求するのは後にして、とにかく、荷物を持って汐崎と再び会社に戻ることに成功した。

移動中、メールで裏から手を回して、直ちにあのアパートの解約も手続きを済ませた。実は一度大家に連絡をとってみたのだ。大家のおばさんもアパートのボロさを自覚しているのか若い彼女の身を案じていて、安全なところに引っ越しできるならいつ出て行ってもらっても構わない、と話してくれた。


とりあえず、これで安全面は確保した。多少、本人の意思を無視しての強行だったことは否めないが、まあ、何かあってからでは遅いからな。


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