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23 (隼一) 嫌な予感

「今夜、ここで私が死んだとしても、誰も悲しまないから大丈夫ですよ」


そう言った彼女は、俺と目が合うと、ハッとした顔をしていた。

あ、しまった。みたいな。

自分でも意図せず漏れた、つぶやきだったんだろう。



親と上手く行ってないのか・・。

あんな良いコを可愛がらないなんて、どうかしてる。

うちのお袋や姉貴がアイツを見たらカワイイカワイイって五月蝿そうだ。


あんな、さみしそうにしてるのに、何もしてやれないなんて。

あんな顔するなら、誰かに縋ればいいのに。

誰だって手を貸すだろう。誰だって構いたくなる。

本人から線を引いているようだから、今は様子を見ているけど。

山本なんかもそうだろう。仲良くなりたいけど手をこまぬいている感じだ。



俺も、・・・あの時、ドアがなかったら、抱きしめてたかもしれない。

それは、愛情ではなく同情や庇護欲からくるものかもしれないけど、汐崎のあの小さな身体を抱きしめてやりたいと強く思った。

自分でも驚くぐらいに。





*****


それからまた、何事もなかったように日常は続いた。

月曜日も、火曜、水曜、木曜も、夜の八時に帰ろうとする汐崎に声を掛け、九時まで残業して一緒に帰る。

帰り道に食べるものは、うどんだったりラーメンだったり、コンビニのおにぎりだったりサンドイッチだったり簡単なもの。


汐崎はいつも食べる前には「すみません」と恐縮する。

一口食べるとどれも初めて食べるみたいに目を大きくして「おいしいです」と言う。

俺は、その反応を見るのが楽しみになっている。


今日は帰りに何を食って行こうかなーなんて。浩太が聞いたら絶句しそうだ。

俺が女のコとサンドイッチを分けて食ってるなんて知ったら腹を抱えて笑うだろうな。言わないけど。




金曜日。今日は夕方から役員との会合に呼ばれているので、そのまま飲み会に付き合わされそうだ。

朝、いつものように送ってやれないと汐崎に伝えると、「とんでもないです」と返された。

一応、今日は残業せずに早めに帰るように言っておく。

と言っても帰る先があのアパートじゃあイマイチ安心できないんだが。



昼前の仕事が終わって、外に出ていたので帰り道に汐崎とカフェでピッツァランチセットを一つ頼んだ。

ピッツァ一切れで彼女は満腹になったらしい。

まあ、スティックパン一本よりは栄養とれてるかな。


セットのデザートのアイスを差し出したら、全力で断られた。

「これは、すごく美味しいものなので、桐谷さんが食べるべきです!」と。

ほう。それはつまり、アイスが好きってことか。

「俺は甘いものは苦手だ」と告げると、「じゃ、じゃあ、いただきます」とおずおずとスプーンを手にした。


ちょこっとすくってはパクリ、ちょこっとすくってパクリ。

めちゃくちゃ味わってる。

汐崎はかわいい。

大きく口を開けたり声を上げて笑うことはしないが、よく見てると表情が豊かでとても素直だ。





そして夜、会合が終わって、オヤジ連中での飲み会に連れ去られる。

酒には強いし気の合うやつらと飲むのは好きだが、こういう仕事での飲みは面白くもなんともない。

特に、こいつらは、若いだけのコイツに任せて大丈夫かねえと、あからさまに俺を疑った目で見てる。

そういう奴らと愛想笑いを浮かべるのも疲れる。


広げられたメニューのデザートの欄にアイスクリームの文字を見つけて、昼食の時、アイスを前にした汐崎の顔が思い浮かんだ。


今度、三段重ねのアイスを食わせてやりたい。

そしたらどんな顔して驚くだろうと、想像しただけで口元が緩む。

今は九時・・もうアパートに着いただろうか。

まさか残業してないだろうな。

最近ずっと九時まで会社でやってたから、なんか・・やっていそうな気がする。

携帯から汐崎のパソコンにメールをする。

返事が来たら会社。来なかったら自宅と考えていいだろう。


静かに携帯が震える。

汐崎からの返信だ。おいおい、会社にいるのか。

『今日は一人で帰るんだから遅くまで残業するな。早く帰れ。気をつけて帰れよ』とメールを送る。すぐに『すみません。分かりました』と返信がある。



全く、本当に、若い女の自覚が無さ過ぎる。

いくら短い距離だからって、夜遅くに遅くにのコが出歩いて良い時間ではない。

何かあってもおかしくはない。そう、この前、ニュースであったように。


先日、三十代の女性が男に暴行されて殺された事件があった。

ほかにも、中年女性が強盗殺人にあったとか、ずいぶん前には通り魔事件もあったし、誘拐して二ヶ月間監禁してバラバラに殺された残虐な事件もあった。

どれもテレビのニュースの中での話だが、身近に起こらないとは限らない。



ぞわりと背筋が寒くなる。

猛烈に嫌な予感がして、俺はいても立ってもいられずに席を立った。


急用を思い出したから帰る、と近くにいた役員の一人に言いつけ、表通りまで走ってタクシーを捕まえた。


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