22 二人で歩く帰り道
桐谷さんと二人で歩くアパートまでの道は、時間でいうと五分くらい。
桐谷さんは一人だとスタスタ歩くけど、私と一緒だとゆっくり歩いてくれている。
それに気づいたのはつい最近。
こういう、さり気ない気遣いをしてくれる人なんだ。桐谷さんは。
私は、・・人から優しくされるのは苦手だ。
気に掛けてくれる人がいても、私は何も返せないから。
人付き合いは苦手。
喋りかけてもらっても、うまく返せないし、・・きっと私は迷惑をかける。
私は人と関わっちゃいけない。
この人との関係も、会社の、上司と部下。必要以上に親しくなっちゃ、ダメ。
「あの、桐谷さん。ホントに、毎日ご迷惑おかけして・・」
意を決して今日こそ送ってもらうのを止めてもらおうと足を止めた。
桐谷さんも立ち止まり、私をまっすぐ見ると、ふっと微笑んだ。
「メイワクどころか、汐崎にはお礼を言いたいところだよ」
お礼?
「お前といると、規則正しい生活ができる。
浩太が言ってたのは嘘じゃない。情けないことに過労で何度か倒れて運ばれた。自己管理が苦手なんだよなー。夢中になってると空腹も眠いも感じないし」
「あー・・」それは分かるかも。
桐谷さんは少し目を伏せて話を続けた。
「俺は・・本来ならまだ、代表取締役なんて大層な役職を任されるようなレベルじゃないんだ。だから俺にとって『代理』の二文字はでかい。
それを取っ払うためにも、もっと実力を示さないといけない。
今回のマイケルとの取引は大きな実績になる。
なのにあの男、クセ者で。普通に英語で進めてきたのに急にフランス語とか。
俺をからかって、難癖つけて取引を向こうが有利な流れに持って行こうとしてたんだろう。だから・・」
桐谷さんは顔を上げる。
目が・・二つの目が真剣に私を見てくるので、思わず少し目を逸らし、桐谷さんの首の辺りを見た。
「だから、汐崎が来てくれて、本当に助かってる。フランス語は日常会話くらいなら話せる通訳もいるんだが、ビジネスの専門用語まで網羅してる奴はなかなか探せられない。独学で勉強したのか?」
「あ、えっと。高校の留学生で教えるのが好きだって人がいて、おしゃべりしながらフランス語を教えてもらいました」
その人も母国に戻ったら親の会社を継ぐのだと言ってた。そういう教育を小さい頃から受けてきたんだと、難しい専門用語とかをいっぱい教えてくれた。
「そうか、すごいな。言葉が通じると、相手の懐に入っていけるからな。かなり有利だ。色々積極的に勉強しているのはすごいな」
うれしい。
そんな風に言ってもらえるなんて。
胸がぎゅうっと熱くなるように感じた。
「どうも、ありがとうございました」
アパートに着くと鞄を受け取る。桐谷さんは何か言いたげな様子で、私に鞄を渡しながらも鞄から手を離さない。
「あの、桐谷さん?」
どうしたんだろう。私の呼びかけにハッとした桐谷さんは、すぐに鞄から手を離した。
「ああ、悪い。・・・なあ、やっぱりここは若い女のコが住むには危険だ。
手伝うから、引っ越すことも考えよう。な?
親御さんは知ってるのか? 心配してるんじゃないか?」
「・・・心配は、してません」
ぽろりと、こぼれた。
「・・今夜、ここで私が死んだとしても、誰も、かなしまないから、大丈夫ですよ」
足元を見ていた視線を上げて、我に返る。私、何を言ってるんだろう。
「あ、す、すみません。し、失礼します!」
部屋に飛び込みドアを閉める。
ドンドン、と叩かれる音。
「汐崎、汐崎っ」私の名前を呼ぶ声。
その声に縋り付きたくなる気持ちをぐっとこらえる。
「すみません、変なこと言って。深い意味はありません。忘れてください」
取り消したい。
でも一度口から出た言葉はなかったことにはならない。
小さく謝罪を述べる。ドアは薄いから聞こえるだろう。
「・・・そういうことにしといてやる。
だが、なにかあったら、俺を呼べ。俺はお前の上司なんだ。頼っていい。
いいな、汐崎」
「・・・はい」
強い口調でそう言い残して、桐谷さんの足音は遠ざかって行った。
私はずっとドアにもたれかかって、その音が聞こえなくなるまで、耳をすませていた。




