21 石橋さんのお弁当
そんな風にして二週間が過ぎた。
金曜日の夜、土曜は仕事が入ったから良かったら出てくれと言われて朝から出勤した。
昼前は通訳の仕事をして、お昼ご飯は取引先の方と三人でザル蕎麦を食べさせてもらった。
私が何も言ってないのに、桐谷さんは店員さんに私の分を半量にしてとこっそりたのんでくれる。本当に、なんて気の利く人なんだろう。
会社に戻ってからは、デスクワークをしている。
二人で無言でやっていたら、突然ドアが開いて石橋さんが入って来た。
「オイ、こら。このワーカホリック共め。晩メシは食ったのか?」
「あー・・、すっかり忘れてた」
二人のやり取りに驚いて時計を見ると、もう九時を過ぎている。
窓の外は真っ暗で、立ち上がった桐谷さんは慌ててブラインドを下ろした。
いつも家でやってると三時間でバッテリーが切れるから時間に気づくんだけど。
「悪いな、浩太。何か作ってきてくれたのか?」
石橋さんは「まったく!」と怒りながら、手にしていた物をソファのテーブルに並べる。
それはそれは豪華な、三段重ねのお弁当だった。
「おい、何をぼーっとしてる。汐崎もこっちへ来い」
「は、はい!」
呼ばれて慌ててソファに移動した。「ほら」と箸と小さなお皿が渡される。
「お前も食え」
「い、いいんですか?」
「・・・お前ね。一緒にいるのにお前にだけ食うな、とか言うわけないだろ。馬鹿か」
「す、すみません!」
石橋さんに怒られて肩を竦めると、桐谷さんが間に入って来た。手にしてる湯呑みを渡される。わわ、社長にお茶をいれさせちゃった。
「す、すみません。私がやらないといけないのに」
「ん? 別にお茶は女がいれるって決まりはないぞ。まあ、汐崎の淹れるお茶のが美味いけどな。
それより、早く食おう。浩太の作るメシは上手いんだ。特にコレとか、コレとか」
桐谷さんはまたぽいぽいと私の皿におかずを取ってくれる。なんか、いつもやってもらっているような・・。
「いただきます」
「あ、い、いただきます」
南瓜の煮物をひとくち。甘くて美味しい。
こんなお弁当を作れちゃうなんて、石橋さん、すごいなあ。
桐谷さんはいつもよりも勢いよく食べてる。たまに私の皿に入れながら。
「・・・まあ、それでも汐崎が来てから、桐谷の食生活は大幅に改善されたな」
お茶を啜りながら石橋さんが私の方を見て言う。
?? どういう意味だろう。
首を傾げていると、石橋さんは「以前はなあ・・」と眉間にシワを寄せて話を続ける。
「おい、浩太! 余計なこと、言うなよ!」と横で騒いでいる桐谷さんを無視して。
「桐谷は仕事狂いのワーカホリックでな。
ほっとくと、メシも食わんし、睡眠もロクにとらずに延々と仕事をして、ブっ倒れたこと、過去数回。
救急車で運ばれた時には、もうこの会社はお終いかと思ったぞ」
「ハイハイ、ご迷惑をおかけしましたねー」
桐谷さんが口を尖らせて言うので、少し笑ってしまった。
「最近は、汐崎と一緒に帰りにメシ食ってんだろ? 大きな進歩じゃないか。
晩飯抜きで夜中まで仕事するのがなくなっただけでも数十年寿命が伸びたんじゃないか?」
「それは大袈裟だろ・・」
「あれだな、人のふり見て我がふり直せ。
汐崎のこと心配するついでに自分の生活も見直されて一石二鳥じゃないか。
まあ、今日みたいに二人揃って仕事に没頭してたんじゃ意味無いけどな。
ほれ、食い終わったら、今日はもう終わりだ。
土曜出勤はせめて半日にしとけよな、まったく。
ほれほれ、汐崎。帰る支度して、桐谷に送ってもらえ」
手早く重箱などを片付けながら石橋さんが指示を出す。
「え、いえあの、一人で大丈夫で・・」
「なんだと?」
「いえ、わかりました」
言い終わらないうちに、ギンっと睨まれた。
怖い・・。
大人しく言う事を聞いた方が良さそうだ。




