2 その人は、社長サマ!?
そして、なんと。私が時計に気づいたのは、どっぷり話し合って談笑までした後だった。・・一時間以上経っている。
どうして気づかない、私・・・!
「あ、あの! わ、私、入社式に出ないといけなくて・・、あの、これで失礼します!」
ガタっと勢いよく席を立った私に、二人の男性は驚いたようだったけど、そんなの気にしてる場合じゃない。
私は深く直角に頭を下げ、駆け足でバンとドアを開け放ち、その勢いのまま廊下を走った。ヒールは低いしパンツスーツだから大股で走った。
急がなきゃ! という思いだけで全力疾走して、さっきの会場のドアを開けた・・ところで私の頭は冷静になった。
というか、真っ白になった。
ギンっと一斉に集まった視線。
「何、あのコ。遅れて来て最悪ー」っていう、その場にいる人達全員の非難の眼差しが突き刺さり、私は思わず回れ右して帰ろうかと思ってしまった。
背筋を冷たい汗が流れる。
「・・すまないな。彼女には正当な理由があって遅れた訳だから、許してやってくれ」
頭上から声が降り注いだ。
さっきずっと聞いてた声。ハッと顔を上げると、先ほどの男性が私の横をすり抜けて、マイクを持つ司会者らしき人のところへ歩いて行く。
男性はマイクを持つとすっと腕を伸ばし、ドアのところで立ち尽くす私を示した。
「彼女は先ほど、緊急で通訳の仕事を頼まれてもらった。
突然の無理なお願いだったにも関わらず、臆することなく堂々と役目を勤めてくれた。
大変助かったよ、ありがとう」
椅子に座る皆に対して話していた男性は、ありがとうの部分だけ私に向かって微笑んで言った。
そしてまた、皆に視線を戻し言葉を続ける。
「新入社員の諸君、ガチガチに緊張しているだろうが、心配はいらない。
周りにいる偉そうな連中も、何年か前には君達と同じようにその椅子で緊張して座っていた。
焦ることはない、思う存分自分の力を発揮して活躍して行ってもらいたい。
仕事とは、報酬を得るためのものである以上、君達には、知識や技術、能力の向上が求められるだろう。
しかし、必要なのはそれだけではない。
会社は人の集まり、外交も人と人との関わり合いだ。
君達がここで、よき同僚、上司、部下、友達、ライバル、それからもしかして恋人となる者に、出会えることを祈ろう。
我々は君達との出会いに多いに期待しているよ」
見惚れてしまうくらい、素敵なスピーチだった。
内容はわかりやすく、スッと心に入った。
男性の容姿が麗しいこともあって、よく通る低い声も、ビシッと背筋の伸びた姿勢も、モデルのようスーツ姿も、すべてがカッコいい。
まるで別次元の人。
皆もそう思ったのか、シンと静まり返ったあと、わっと盛大な拍手が沸き上がった。
なんてオーラのある人なんだろう。
司会者がマイクを受け取り、「代表取締役代理、どうもありがとうございました」と頭を下げる。
え!?代表取締役って社長サマ!?
あ、でも代理ってことは他にも社長さんがいるのかな。
とにかく私、すごい人と話しちゃったんだあ・・。
頭は混乱してるし、なんだかよく分からないけど、席に着くなら今がチャンスだ。
皆の拍手に混じって、私は素早く移動した。
席に戻って、他の偉い方、何人かの話を聞く。
ふと司会者の横を見ると、さっきの男性もこちらを見ていたのか、バッチリ目が合う。
にっこりと微笑まれた。
どきりと心臓が跳ね上がる。
軽く会釈してから、話している人の方に向き直った。
はあ・・・。
会社って、凄いところなんだなあ。でも、頑張らなくちゃ!
私は膝の上で拳を握って気合を入れた。