16 モーニング
うちから五分歩いた、会社の目の前にあるお店に入って行く桐谷社長。
私の手を引いているので、私も一緒に入る。
昨日の居酒屋に続き、こんなおしゃれなお店も初めてだ。
「モーニングを二つ。飲み物はどれがいい?」
と、見せられたメニュー表。
コーヒーは分かる。でも、その下からの、カフェラテ、カプチーノ、アメリカン、は一体なんだろう??
抹茶オレ、苺オレの、おれってなんだろう? カフェオレのオレ?
コーヒー牛乳に抹茶が入ってるのかな・・?
ジュースは果物の名前だから分かるけど、ジンジャーエールって一体ナニ?? 生姜ジュース?
「えっと、・・ホットミルクで、お願いします」
注文をすると三分くらいで運ばれてきた。
トレイの上には、丸いパンと、クロワッサンが一つずつ、赤いトマトと緑のキュウリが乗ったキャベツのサラダ。それに、白い卵。小さなグラスに黄色いジャムの掛かった白いもの。ヨーグルトかな。
そして湯気のたつカップの牛乳。
すごい、ごちそう。
いいのかな・・?
「いただきます。ほら、汐崎も早く食え」
「あの、い、いいんでしょうか? 私、昨日もごちそうになって・・」
「あんな一口食ったぐらいで何言ってるんだ。上司が部下に奢るのは珍しいことじゃない。気にするな」
「は、はい。い、いた・・だきます」
社長の真似をして、軽く両手を合わせてからパンを手にする。
「わ。あったかい」
ぱくりと口に入れると、サクサクもちもち、じゅわあっと香ばしい匂いが鼻に抜ける。びっくりする美味しさだ。
「ここのパンは日替わりで、どれも美味いんだ。トーストやサンドイッチの日もあるしな」
「さすが、社長は美味しいものを良くご存知ですね」
「・・居酒屋やカフェのモーニングに連れてって、そんなに褒められるとは思わなかったよ。
お前、どんな食生活してきたんだ?
あの何もないキッチンじゃ料理やってる様子もないし。苦手なのか?」
「いえ。高校の寮は当番制でしたので、自炊してました。
こっちでは、えっと・・色々調理器具を揃えるのが、・・ちょっと、大変で」
「ふうん。まあ、一人暮らしの最初は金がいるからな。
中古でよかったら冷蔵庫やテレビやなんかは譲ってやれるぞ」
「い、いえ! 結構です。必要ないですので」
どうせあったって使わない。あの部屋では仕事をして、疲れたら眠るだけだし。電気代もかかるし。
「必要ないって、お前・・」
社長は何かを言いかけて、止めて、またパクパクと食べ出した。
「その赤いのは辛くないから食っても大丈夫だぞ、汐崎」
ちょっと意地悪な顔で笑われる。
私もサラダのトマトをフォークで刺した。
「・・昨日はすみません、ほんとうに」
「いやいや。浩太・・石橋のあんなに慌てた顔見たのは久しぶりだったよ。
二日酔いにならなくて良かったな」
「はい」
「・・・今日はいつもと雰囲気が違うな。十八歳の女のコだ」
桐谷社長がじっと見てくる。恥ずかしい。
「見ないでください。これ、部屋着なので、外に出たらダメなんです」
よれよれのベージュのワンピース。
まさかこの服でこんなおしゃれなお店に入ってしまうなんて。
「それは悪かった。かわいいけど。着替えてくるか?」
「着替えたいですけど、スーツがちょっとくしゃくしゃなので、着れないです」
「休日のカフェでスーツなんか着るなよ。普通の服でいい」
「・・・えっと、基本的に外に出るのはスーツで、家にいる時は部屋着なので」
それ以外の服は持っていない。だって、高校には制服があったし。
社長の目がパチパチと二度瞬きする。
「え?」
「えっと・・」
「マジか・・」
「はい」
沈黙が落ちる。
「まあ、いいや。ほら、食えよ」
「いえ、あの。お腹がいっぱいになってしまって。このパンと卵、持って帰っても良いですか?」
「・・・もしかして昼メシにするつもり?」
「昼と、夜です」
「・・・」
再び沈黙。そして、盛大なため息をつかれた。




