12 お酒は二十歳から!
一ヶ月ぶりのお米は、ものすごく美味しかった。
桐谷社長が取ってくれた唐揚げも卵焼きも。どれも感動の美味しさ。
でも、この一ヶ月でさらに縮んでしまったらしい私の胃は、すぐに満タンになってしまった。ごちそうは食べたいけど、もう無理。
そんな私に社長は「どうせゆっくり飲んで食ってるんだから、また後でもう少し食べればいい」と言ってくれた。やっぱりスゴい優しい人だ。
おしゃべりしましょう、と山本さんが話しかけてきてくれるけど、人と話すことも慣れていないし、まして自分のことを誰かに話すことなんて今までなかったから、どうやって話したらいいか分からない。
せっかく聞いてくれたのに、上手く答えられない。
それでも山本さんは怒らずにニコニコしている。
「商業高校で、資格をたくさん取ってたみたいだな。最初は何になりたいと思っていたんだ?」
社長は大きなコップを傾けながら尋ねる。
「あ。将来の夢ってやつね? ふふ。わたしは美容師だったわ。ネイルアーティストとかも」
「俺は警察官とか消防士に憧れてたな。小学生の頃までだが」
「浩太が警察だったら皆逃げてくだろ」
「うるせぇ。桐谷、お前は?」
「俺かあ、子どもの頃は宇宙飛行士になりたかったなあ。中学で会社を継げとか親父が言うようになって、夢は挫折したけど」
「ふふふ。桐谷さんらしいわ」
社長の目が私を見る。
「・・汐崎は?」
「私、は・・、なんでもよかったんですけど。いっぱいお金が稼げれば。早く、働きたかったので」
「あら。そう、おうち、大変だったの?」
「・・いえ。そういう、わけではありません」
じゃあどういうわけなんだ、と聞かれたら困っただろう。
なんて答えたらいいか分からないから。
ただ私が勝手にあの家から出て来ただけなのに、家が悪いのかって思われるのは申し訳ないし。
でも、三人は何も聞かなかった。
山本さんは「言いにくいこと聞いてゴメンなさいね。ねえ、これも美味しいのよ。そろそろもう一口、食べたらどう?」と料理を勧めてくれた。
「はい、いただきます」
小さいものなら食べられるかな、と思って、まだ色々あるお皿の中から、小さな赤いものをひょいと口に入れた。
その瞬間、「おい、バカっ!」石橋さんが慌てた声を上げた。
「・・!!」
私の口の中が爆発した。
ナニコレ、辛い!
とにかく飲み込んで、近くにあったコップの水を一気に飲んで流し込んだ。
「きゃあ、鈴音ちゃん、それ焼酎!!」
え? しょうちゅうってナニ?
と思った時にはもう遅くて。
「・・・・っ!!」
苦くて熱くて、うわーっ!!て感じの液体が私の喉を通って行った。
「汐崎、大丈夫か? 早く、水を飲んだ方がいい」
「・・だ、大丈夫です。すみません」
だいじょうぶじゃない。
胸がムカムカして気持ち悪い。暑いし、頭がグラグラする。
うー、なに、これ?
このままここにいたら、倒れてしまう。
はやく、いえにかえらないと。
「あの、今日はありがとうございました。お金は・・ホントによかったですか? すみません。ありがとうございました」
早口に言って、ぺこりと頭を下げる。そのまま重力に負けてしまいそうになる重い頭をぐぐぐっと持ち上げて、席を立つ。
「お先にご無礼します。すみません」
席を立って歩き出そうとしたら、足に力が入らなくて体がふらっとよろめいた。
ああ、倒れる。
と思うのに、倒れない。
どうして?
私の腕をスーツの男の人の手がしっかり支えてくれている。
桐谷社長だ。
「・・送って行く。家はどこだ?」
家?
「会社のすぐ近くです。だから、だいじょうぶです」
「・・・いいから。お前の手が届くところにグラスを置いてたのは俺の責任だからな。ほら、行くぞ」
体を支えながらゆっくり歩こうとする社長。でもごめんなさい。足が浮かんでいるみたいで上手く歩けないんです。私の足なのに私の足じゃないみたい。
足が鉄の棒になっちゃったみたい。
すると突然体がふわりと浮いた。
わあ、飛んでる。
さっきまでの気持ち悪さや頭の痛みが嘘みたいに、ふわふわしてあったかくて、気持ちいい。
はあ・・、ねてもいいかな。
こうして人生初の飲酒により私は桐谷社長の腕の中で眠ってしまった。