11 (隼一) 小動物な彼女
テーブルいっぱいに並んだ料理のお皿に、彼女は目をパチパチさせて言葉を無くした。
それはもう、面白いくらいに。
さっきメニューを見てた時も驚いていたようだったが、もしかして・・・家が貧しくてロクな物も食えなかったんだろうか。
だから今も食事は菓子パンのみなのか?
迷った挙句に白メシを注文された時には、こっちも驚いたが。
「・・・汐崎さん、乾杯しましょうか」
「おい、グラスをしっかり持て。手が震えてるぞ」
歳がずいぶん離れていることもあって、汐崎に対しては二人ともやけに親切だ。
浩太もぶっきらぼうな口調であれこれ世話を焼いているから、笑いを堪えるのが大変だ。
「じゃあ、汐崎さんの歓迎を祝して。カンパーイ」
音頭と共にグラスを合わせるとそのままこぼしそうだったので、そうっとグラスを近づけてチン、と触れ合う程度にした。
え?え?と不思議そうにする顔が可愛い。
大学では飲み会やコンパが何度もあるけど、高卒だったらそういう機会は無くて当然か。なんか、新鮮だな。
皆がビールをぐいっと仰ぐのを見て、汐崎は慌ててジュースに口をつけた。
くぴっとほんのひと口飲んで、はー、と声を漏らした。うっすら笑いながら。
おいおい、可愛いな。
仕事中は真顔。もしくは無表情。
人と話す時は愛想笑いというか、困ったような顔をしている汐崎。
こんな緩んだ顔は貴重だ。
「さあ、食べましょう。ほら、いっぱい食べてね」
山本に促されて箸を持ったものの、彼女の視線はきょろきょろテーブルの上を彷徨うだけで、手は伸びない。
とりあえず、最初に頼んだ白メシのおにぎりが二個乗った皿をを彼女の目の前に置いておこう。
あとは・・、取り皿に唐揚げと出汁巻き卵を乗せて、「ほら」と渡した。
「あら、桐谷さん、気が利くじゃない」
「お前に取り分けという作業が出来るとは驚きだ」
言いたい放題の奴らはほっといて、汐崎に話しかける。
「ほら、食えよ。ご飯、好きなのか?」
「はい。あの、・・いつもパンなので。・・・嬉しいです」
そう言って、おにぎりを手に取り、口に運ぶ。
おい、真剣だな。
しばらくは、黙々と食べる汐崎を皆が黙って見守っていた。
小さな口でもぐもぐ一生懸命頬張る姿はまるでハムスターかウサギ・・小動物だ。
小さなおにぎり一個と、俺が渡したお皿のおかずを食べ終わると、汐崎は箸を置いた。
「ん? これも食うか? 美味いぞ」
焼き鳥を取ろうとすると、汐崎は両手を振る。
「い、いえ。おなかがいっぱいなので。もう、食べれません」
は?
開始五分で満腹って・・! てか、あんなんで? 幼稚園児だってもう少し食えるだろ。
まあ、・・この前会社で、食べてる現場を抑えた時も、スティックパンが昼メシだったしな。少食なのか。
いや、これ、少食ってレベルか?
シンとなった空気を変えるように山本がパチンと手を叩いた。
「ね、ねえ、汐崎さん。歓迎会なんだし、おしゃべりしましょう?
名前は鈴音ちゃんだったわよね。そう呼んでもいいかしら?」
「え・・あ、は、はい。光栄です」
なぜか赤くなって首をすくめる汐崎。照れている。これも珍しい。
「鈴音ちゃんは一人暮らし? ご実家は遠いの?」
「あ、はい」
「あら。遠いとなかなか帰れなくて寂しいわね」
「い、いえ、大丈夫です」
「仕事には慣れたかしら?」
「は、はい。ありがとうございます」
会話終了。
汐崎は別にツンとしているわけではない。むしろ可哀想なくらい焦ってる。
何を話したらいいのか分からない、という感じか。
通訳をしている時なんかはもっとスラスラ喋るのに。フランス語も英語も日本語も。
プライベートでの対人スキルが低いのか。
人と話すことに慣れていないのか。
その様子を眺めながら、俺はビールをぐびっと飲んだ。




