1 ドキドキの初日は
新連載です。よろしくお願いします!
春、私は社会人になった。
高卒の私だけど、商業高校で色々資格も取っていたし、担任の先生がものすごく熱心に就活をサポートしてくださった。
そのおかげで、偶然一名だけ募集が来ていたというある商社でまさかの内定を貰った。
これはすごいことなんだと分かったのは、面接に行った時。
そこまで大手の会社ではないのに、田舎から出てきた私には、でっかいビルの中にあるというだけで尻込みした。
そして今日は入社式。
もう何度も来てるのに、毎回そびえ立つ巨大なビルに唖然とする。思わず上を見上げて首が痛くなった。
エントランスは全面ガラス張り。広い、デカイ、きれい、スゴい・・・。
私、こんなとこにいていいんだろうか。浮いてるよね?
警備員につまみ出されない?
「・・・」
ポカンと口が空いていることに気づいて、慌てて表情を引き締める。
こんなに無駄に広いロビー、光熱費だけでも大変だろうななんて、余計なことを思う。
手にした社員証を握り締め、ロビーにある看板から目指す階を確認。
エレベーターで五階に着くと、『入社式はこちら』と書かれた看板があった。
落ち着け、落ち着け。今からこんなに緊張しててどうするの。
たどり着いた会場にはびしっとキレイに椅子が並べられていた。
自分の番号の紙が貼られた椅子に座って、深呼吸。
どうやら早かったみたいで私が一番乗りだ。
周りにもチラチラ人がいるけど、慣れた様子だから、新入社員ではない、と思われる。
先輩、になる人達だ。
壁の時計を確認する。まだ開始時間の五十分も前だった。
そりゃあ誰も来ないわけだよ。・・うう、緊張する。始まるまで何していよう。
もうすでに冊子や社内規定とかの書類は読み尽くしてしまった。
とりあえず、トイレに行こう。特に行きたいわけじゃないけど。
周りの人達は会場作りをしているようだったし、ここにいては邪魔だろうと思うし。
ゆーっくり、ゆーっくり十五分くらいかけて歩いて戻ろうかな。
「えーっと、そうじゃなくて。あー、えーっと、・・」
廊下の曲がり角の向こうの方から聞こえて来た二人の男性の声。
困った様子の声と、ペラペラとフランス語で話す声。
私は思わず近づいて行き、日本人の男性の後ろからそっと声を掛けた。
「あの、・・資料の説明を今、簡単に口頭でしてもらいたい、とおっしゃっています」
男性は驚いた様子で振り返り、私の首に掛かる社員証に目をやると耳元で囁いた。
「すまない。フランス語が出来るなら通訳をお願いしてもいいだろうか」
「は、はい」
突然の申し出に、ものすごく上ずった声が出てしまったが、男性も焦っているようで私の背中に手をやり、私の答えるのと同時に二人の間に押し出される。
「ご説明が遅れて申し訳ありません。こちらの書類に書かれていることは・・」
男性はさっきまでのうろたえた様子が嘘のように、私に向かってハキハキとした口調で説明を始める。
私は金髪の外国人の方に向かって、フランス語でそれを通訳していった。
時々、いくつか質問をされ、それの答えを返し、ひととおり説明が終わるとお互いに納得したのか、握手をして、笑顔を交わしていた。
上手くまとまったみたい。
よかったよかった、と元来た道を戻ろうとすると、両方の肩に手が掛かり身体が止められる。
「待って、待って。すごく助かった。ありがとう」
にっこり微笑む男性はとても整った顔立ちの人で、流石は都会、と変な感想を持った。
「さっきまで、会議室で秘書と通訳を交えて英語で話してたんだけどね。
ちょっと二人で話したい、と言われて廊下に出た途端、ペラペラ話されて焦ったよ。とにかく助かった」
『とても綺麗な発音、素晴らしいデス。
お嬢サン、もう少し、お時間ありませんか?
この続きも是非アナタと一緒に話を聞きたいデス』
金髪の男性がフランス語で私にそう言いながら、書類を指差し、男性にジェスチャーで何かを訴えている。
ジェスチャーで通じたのか、男性は私の肩にもう一度手を置きにっこり笑った。
「悪いんだけど、もう少し付き合ってもらっていいか?
かなりクセのある人物なんだ。機嫌を損ねたくない。
そこの休憩所のソファで。さあ、行こう」
「え? ちょ、・・あ、あのっ」
『お嬢サン、いきまショウ』
混乱する私は長身の男二人に引きずられるようにして連れて行かれた。
わ、私、これから大事な入社式が!!
と、言いたいのに言えない。
真剣な様子で難しい話を繰り広げながら歩いて行く二人に口が挟めない。
・・というか、通訳してずうっと口を開いているので、私的なことを喋るタイミングが分からない!
きっと仕事がデキるであろう二人の熱の入った話し合いはテンポが良く、専門的で、聞いていて興味が惹かれる内容ばかり。
正直とても面白い。
私、フランス語が得意でよかったなあ。これは勉強とかじゃなくて趣味で覚えたものなんだけど。役立っちゃった。
私も夢中で、すっかり時間を忘れていた。・・そう。スッカリと。




