妖精の「贈り屋」
僕達は人間から「妖精」と呼ばれている。僕らはとっても小さくて透き通った身体をしている。そして人に姿を見せてはいけないことになっている。それどころか足音すらさせてはいけないことになっている。
なってはいるんだけど、それが僕は苦手。普通は人に気づかれないように警戒して、あまり人に近づかない僕らだけど、死んじゃった僕の父さんは気配を消して人のすぐそばを通れる達人だった。
人間達が「クリスマス」と呼ぶ頃は僕らは大忙しだ。妖精にもいろんな仕事があって、僕は父さんと同じ『人に何かを贈る』あるいは『贈りたい気持ちにさせる』「贈り屋」を目指している。
この時期の「贈り屋」はクリスマスプレゼントを届けるサンタの手伝いに大急がしになる。
まずは大人達にクリスマスを思い出させて、大事な人に贈り物をしたい気持ちにさせる。これが意外と油断がならない。人間の大人は忙しくって何でもすぐに忘れるから。
贈り物は物だけじゃなくて気持ちもあるから、そう言う時僕らはそっと「勇気」を授けてあげる。これが一番難しくて、僕の父さんが一番得意だった仕事。僕もそれが自慢だった。
でも僕はこの一年ダメダメだった。姿を消すことすらへたくそで、一番ひどいのが足音。これがまったくうまく消せない。上手く消そうとそうっと動いたら魔法を漏らしてしまって、
「あら? なんだかめまいがする」
って言われたり、急いで動くと光を散らしてしまって、
「疲れ目らしいな。目がちかちかする」
なんて人間に言われてしまう。
父さんも僕をとても心配してたし、仲間達は父さんと僕を比べてすぐ馬鹿にする。親子でこんなに差があるのって珍しいらしい。僕は懸命に努力するけどいつも空回り。
でも僕はどうしても父さんのようになりたかった。人は贈り物をやり取りするとき、贈る人も贈られる人も普段は見せないようなとても素敵な笑顔になる。僕も父さんもそれが嬉しくて、その手伝いができることが誇らしかったから。
父さんは沢山の人間も妖精も幸せにしたと母さんは言ってた。そして母さんを飛び切り幸せにしてくれたとも。
「それなのに。一番大事な息子のあなたにどうしても贈りたいものがあると言っていたのに。それを贈れないまま死んでしまうなんて」
僕もそれが何なのかは知りたいけれど、それはやっぱり僕が一人前の贈り屋になってから調べようと思う。まずはサンタの手伝いが上手にできるようになってからだ。
半人前の贈り屋はサンタの手伝いをクリスマスイブの日にすることがとっても大事。サンタは僕らと違って完全に姿を隠しちゃいけないんだ。堂々と見つかってもいけないけど。
うしろ姿が一瞬とか、ほんのちょっとの気配とか、子供達がサンタがちゃんと来たことを気づけるくらいでちょうどいい。たとえ夢の中だっていいんだ。だからサンタは自分では姿を消せない。僕らが上手にサンタを隠さなくちゃいけない。
魔法の使い方もある。煙突のある家はサンタを煙突に合せて大きくしたり小さくしたり。もちろん暖炉の火はその間だけ消しておいたり。窓や扉のカギを開けておいたり。
大勢の妖精がサンタのそりとトナカイたちを隠すのはとても大変だけど、こういう事が上手にできるとサンタに良い妖精として認められる。そうするうちに一人前になって行くんだ。だから半人前達はサンタに良い所を見せようと張り切っている。もちろん僕もそうだった。
クリスマスイブの昼間。そりを隠す練習をする僕の耳に子供の泣き声が聞こえた。近くの家の中からだ。みんな気になったのか姿を消してその家の窓を除くと、居間で小さな男の子が母親に叱られている。
「悪戯ばかりして! サンタさんが来ないわよ!」
と、この時期お決まりの叱り言葉。サンタは苦笑いして、
「この子が良い子なのは分かっとる。今夜はちゃんとここにもプレゼントを届けよう」
みんなサンタの言葉に頷いて練習に戻ったけど、僕はそこから離れられなかった。
違うんだ。この子はただプレゼントを届けるだけじゃ駄目なんだ。母親が叱ったのは男の子が濡れたクロスで床をびしょびしょにしたからだけど、それは悪戯じゃないんだ。お店で働く母親はクリスマスが一番忙しくて疲れてるから、この子は床掃除をしようとしていたんだ。けれど小さいから雑巾とクロスを間違えて、おまけにうまく水が絞れなかったんだ。ゴミ箱には男の子が捨てた「あ」の字が左右反対の
「まま、ありがとう」の手紙が放り込まれてる。
この子はこんなに良い子なのに、母親は忙しくてそれが見えなくなってるんだ。二人とも頑張ってるのに空回り。あの子と母親は僕とおんなじだ。
こんな時父さんなら上手く気配を消して、母親にこの子の気持ちを届けてあげられるだろう。
でも、半人前の僕にはそれが出来ない。僕はあの子に何かをしたい。どうすればいいんだろう?
イブの夜。僕らはあの男の子の家にもプレゼントを贈りに行く。煙突が無いから魔法で窓を開けて、サンタを通す。母親はまだ起きていて男の子を叱っていた居間で父親と話をしていた。
あのゴミ箱にまだ男の子の捨てた手紙は入っている、その真上にはフックにかかった母親のエプロン。僕はみんながサンタと共に子供部屋に行っているというのに、その列から離れて居間へ向かった。大事な仕事の最中にサンタのもとを離れるなんてやっちゃいけないに決まってる。クリスマスイブの夜は年に一度しかないのに。でも僕はかまわず居間へ行った。
魔法でエプロンをフックから外す。一人の魔法じゃなかなかエプロンは外れなかったけど、それでもがんばって外す。落ちたエプロンはゴミ箱を倒す。そして僕はわざと思いっきり足音を立てた。もの音に母親がゴミ箱の方に振り向いた。
「あらやだ。ゴミ箱がひっくり返ってる」
母親はうんざりした顔でゴミを集めようとして……男の子の手紙に気が付いた。
「あら、まあ! ……あの子ったら」母親が驚きの声をあげた。父親が声をかける。
「どうした?」
「見てこれ、あの子が書いたんだわ。昼間あんなに叱ってしまったのに」
母親は男の子の渡せなかった手紙を見て涙ぐんでいた。
「クリスマスだもんな。あの子なりに君を気づかって、一生懸命書いたんだろう」
「いつの間にか、こんなことをするほど成長していたのね」
「ああ……。いいクリスマスプレゼントをあの子から貰ったな」
父親と母親は子供部屋に向かった。サンタと妖精たちはとっくに外に出ている。僕も慌てて後を追う。忙しい時だ。追いつけるだろうか?
するとサンタのそりとトナカイは、妖精たちと一緒に僕を待っていてくれた。
「……すいませんでした。勝手な事をして」
僕はサンタとみんなに謝った。
「いや。君は今、この妖精たちの中で一番良い贈り屋だ。贈り贈られる喜びを君は良く知っている。私は君を今年一番の贈り屋と認めよう」
サンタはそう言って僕を認めてくれた。
その後サンタは僕の父さんが僕の悩みを知っていたと教えてくれた。でも僕は気が付いた。僕に何かを贈りたがっていた父さんだけど、もう僕は父さんから大事な物を贈られていたんだって。
僕は誰よりも立派な贈り屋になろうとクリスマスイブの夜に誓った。