【第十二話〜吹き抜ける潮風〜】
遅くなりました
今回の話は自分自身も気に入ってる作品です
どうぞお楽しみ下さい
空との約束の日曜日―
俺は前日に空に言われていた通りに空の病室に向かっていた。空が入院している階で、俺は今日も仲の良い看護士に絡まれた。
「あら〜久遠く〜ん。」
「こんにちは。」
「今日はあんまり無理させちゃだめだからね〜じゃね〜」
「え?あっ、はい…」
何が言いたいのか俺が理解する前に看護士はさっさと行ってしまった。俺はとりあえず空の病室へと急いだ。
コンッコンッ
「入るぞ〜」
俺はいつものようにドアを叩き、空の病室に入った。
そこには、無機質的な病院の服ではなく、私服を着ている空が笑顔で俺を待っていた。その横には、柔らかい微笑みを浮かべた空のお母さんもいた。
「え!?」
「フフッ燈也、驚いたか?外出許可が出たんだぞ。」
「は、はい?」
「燈也君、急にごめんね。
外出許可が出てね、そしたら空が燈也君とどこか行きたいって言うから、燈也君にお願いしようと思ったんだけど…
空から聞いてなかった?」
「い…や…全く聞いてないです…」
「空、ちゃんと言っときなさいって言ったじゃない。」
おばさんは空の方に目をやった。
「燈也の驚いた顔が見たくてな。」
「はぁ…燈也君、本当に急だけど大丈夫?」
「いや…大丈夫ですけど…」
俺が頭をポリポリとかきながら答えると、おばさんは
「じゃあ宜しくね。何かあったら連絡ちょうだいね。
楽しんできてね。」と言って病室を出て行ってしまった。
「フフ…驚いたか?」
俺の心でも読んだのか、空は短かくなってしまった前髪を赤いピンで止めながら話しかけてきた。
(短い髪も似合うなぁ……)
窓から薄い陽光が指している―
微かな薬品の匂いが俺の鼻孔を刺激する―
明け方の冷気がまだ残っている―
空から漂う空の柔らかい香り―
空が立ち上がりカーテンを開けた―
「さぁ、どこか行こう。」
今日空とデートに行くなんて全く予想していなかった俺は行き先など決められる訳がなかった。
「俺どこ行くかなんて決められないぞ?」
「大丈夫、私がしっかり調べておいたから完璧だ。」
「本当かよ……」
まずは自転車を出せと言う空の指示に従い、俺は自転車置き場から自転車を引っ張り出してきた。
「乗っていか?」
俺が自転車に跨ると空は遠慮がちに聞いてきた。
「お姫様どうぞ、お乗り下さい。」
「フフ…なら今日はそのお姫様のわがままをしっかり聞いてもらうからな。」
「あっやっぱりなし…」
俺のそんな言葉を無視して自転車の後ろに横向にゆっくりと腰を下ろした。
「でっ、まずはどこに行くんだ?」
「どこに行こう…」
2人の間に沈黙が流れた。
「空……やっぱ決めてなかったのかよ…」
「燈也といられるなら、私はどこでもいいんだ。」
空は腕を俺の腰に回しながら顔をギュッと俺の背中に押し付けて言ってきた。
(反則だ…怒るに怒れないじゃないか……)
「そうだ、燈也、海行こう。」
「却下。」
俺があまりにも早く答えたためか空はすぐには言葉を返してこなかった。
まず病人を泳がせる事なんて出来ない。
それに近くの海まで自転車でどんだけかかるか分からない。
「何でだ〜」
「頬を膨らますな、可愛いすぎる。」
「出発だ。」
「駄目だ。」
「砂浜に座ってるだけにするから良いだろ?今年はまだ海見れてないんだ。」
空の切なそうな目を見てると強く却下出来なくなってきた。
「…本当に入らないか?」
「あぁ。」
「仕方ねーな。ちゃんと捕まってろよ。」
俺はゆっくりとペダルをこぎ始めた。
「なぁ…燈也…」
「ん?」
「このままどこか誰も知らないところにでも行かないか?」
「ばーか、何言ってんだ。ほら、これから坂だからしっかり掴んどけよ。」
「分かった…」
後ろから聞こえる空の声は心ここにあらずと言った様子だった。
俺は腰に軽く回された手を片手でちゃんと回すようにして、坂を上がり始めた。
「ゼハァ、ゼハァ…よしっこっからは下り坂だ…」
「燈也…死にそうだが大丈夫か?」
「空が重すぎたみたいだ。」
「私に喧嘩を売るとはなかなか良い度胸だな。」
「グヘァッ!!」
俺の軽口に対し、空は俺の腰を回していた両手を思いっきり締め上げた。
空の体重が重いなんてある訳ない……
この間乗せた小柄な詩依より全然軽い……
きっと、健康な時に乗せても軽く感じていただろうが……
けど…今は…
「まだなのか〜?」
後ろから高めな空の声が俺の耳をくすぐる。
「あ…後15分くらいで着く…はず…」
全身を汗だくにしながらも俺はペダルを漕ぎ続けていた。
「あっ見えてきたぞ。」
「おぉ〜」
角を曲がると、目の前に青く澄んだ海が広がってきた。浜から吹いてくる潮の香りを含んだ風がそっと俺達を包んでいった。
「フフ…潮の香りがするな。」
「目の前だしな。」
俺はそう言うとペダルを漕ぐ力を少し強めた。
季節外れの海には海水浴客がいる訳もなく、当然客もいないのだから海の家も開いていない。
ちらほら見える人影は優雅とは程遠いサーファー達が波と格闘している姿だった。
「燈也、早くしろ〜」
俺が自転車を停めるのに戸惑っているのを尻目に砂浜をどんどん歩いて行った。
「入るなよー」
「おー」
俺が目の前にあった自動販売機で水を買って、温かいと言うより熱い砂浜へ腰を下ろした時、空は波が届くか届かない微妙な場所を歩き回っていた。
「お〜い、燈也も来いよ〜」
「す、少し休憩させてくれ…」
「仕方ないな〜」
そう空は笑顔でそう答えると、少し屈みながら手を伸ばして履いていたサンダルを脱ぎ、両手で持ちながら長めのスカートかワンピースかは分からないがそれの裾を少しだけ持ち上げ、 足首くらいまで海の中へ軽く入って行ってしまった。
「おい、入るなって言ったじゃねーかよ。」
「もう入ってしまった。」
俺の言葉に対し空はにこやかに答えた。そこには反省の色など全く見えない。
「燈也、まだか〜」
「はぁ…今、行くよ。」
少し落ち着いた俺は靴をその場で脱ぎ、その中に靴下を突っ込んでジーンズの裾を数回折ってから空の方へと走って行った。
「うおっ!冷てっ!」
俺の足下の砂を波がさらってゆく。
「待ってたぞ。」
そう言いながら空は俺の方へ向き直った。
「空……」
潮風が空の髪とスカートを少しなびかせながら、空は舞い散る波の飛沫の中心に立っていた。
余りにも綺麗な光景に俺は心から見とれてしまった。
そこに立つ空の姿は今すぐにでも走って近付き、思いっ切り抱き締めて、空の全てを俺の物にしたいほど綺麗だった。
空が水飛沫を俺に向けて飛ばしたのも気付かない程に俺は空の姿をぼんやりと追っていた。
「うわっ!おい!空っ!」
「えいっ」
空はもう一度波を蹴り、飛沫を舞い散らせようとした。しかし、それは潮風によって結局俺の方へ飛ぶことはなく空自身にかかってしまった。
「うわっ…」
空はフフ、と笑い始めた。そんな空を見て俺は膝に手を付くほど笑ってしまっていた。
「ばぁーか。」
「馬鹿とはなんだ。」
「本当の事じゃねーか。」
秋の海はやっぱり冷たかった。
けれどおかしな太陽のおかげか、空が近くにいてくれたおかげか俺には冷たさは全くと言っていい程感じなかった。
「そろそろ帰るか?」
「後少し……」
俺達は熱が残る砂浜に腰を下ろしていた。空はその頭を俺の肩に預けていた。
沖から吹いてくる風は俺の髪をワックスの上からさらにガチガチに固めていた。それなのに空の髪は吹く風に逆らわずにさらさらと揺れていた。
「燈也…好きだぞ…」
「いきなり何言ってんだよっ!」
空は俺の言葉を鼻で笑いスッと立ち上がった。
「さぁ、帰ろうか。」
空はスカートに付いた砂を手で払いながら、俺を見下ろしていた。
「あぁ、そうだな。」
俺も立ち上がると、伸びを一回して、砂を払ってからゆっくりと歩き始めた。
「とうっ」
空はいきなり走ってきたかと俺の持っていた水のペットボトルを奪った。そしておもむろにふたを開け、ゴクッゴクッとのどを鳴らしながら飲み干してしまった。
「間接キスだな。」
「あ、あ、あほっ!もう行くぞっ!」
俺は顔が赤くなるのを感じながらも自転車の置いてある場所に向かって歩いていった。
「よし、出発すんぞ。いいな?」
「おぅ。あ、待て。」
「ん、どした?」
何かと振り向いた俺の唇に空はいきなり自分の唇を重ねた。
「バ、バカッ!!いきなり何すんだ!?」
「フフッ…燃料だ、燃料。」
「ハァ…もう、行くぞっ」
「ため息は幸せが逃げると言ってるだろう。」
「原因は空だろっ!!」
「うるさい。早く出発しろ。」
俺の言葉を空は微笑みながら一蹴した。
空といる事が出来る忘れられないこの一瞬
はっきりとした空の温もり
眩しい夕日
波の感覚
潮風が俺達2人を包み
そして
吹き抜けて行く
今回も読んでいただきありがとうございます
前書きにも書きましたが今までの『Cool Sky』の中でも気に入ってる話です
生き生きとした2人表現できたか分かりませんが、読んでいただいた皆さんに少しでも2人の雰囲気が伝われば良いなーと思います
これからも宜しくお願いします