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闇に喰われる道

作者: 霧夜

同じ表現や言葉が出てきたりします。語彙が少なくて。少しでもホラーらしい内容になっていれば幸いです。

沙織は闇色に染まった道を、一人、足早に歩いていた。

太陽はとっくに沈み、頭上に広がる夜空の中、満月がぽっかりと浮かんでいる。

月はまるで爬虫類の瞳のように見えた。ぬらぬらと滑りながら、こっちを静かに見下ろしている。

静寂の中。

じっと。


(――怖いなぁ……)


沙織は内心で呟きながら、ひっそりと静まった帰路を行く。

元々この辺りの道は人通りが少ない。加えて、今の時刻は既に八時をまわっている。人がいないのも当然だ。沙織とて、普段はこんな時間に帰ったりしない。

今日は文化祭の準備で、たまたま遅くなったのだ。高校生ともなると、文化祭にも力が入っていて、こんな風に遅くなる事も珍しくない。

両親に迎えに来てもらえば良かったと、沙織は後悔した。


こんなに夜が怖いなんて。


静寂の張り詰めた空気がひしひしと感じられる。呼吸する事すら躊躇ってしまう程、無音に支配されていた。

肌の上から、心臓や肺を圧迫されているようだ。


何だか酷く息苦しい。


「……まるで違う世界に来てしまったみたいだ。そんなわけ、ないんだけど」

沈黙に耐えられなくて、沙織は自らを鼓舞する為に殊更明るい口調で独り言を言った。

だが、大して効果はあがらなかった。

再び訪れる、沈黙。

沙織の発する呼吸と足音しか、鼓膜を震わせるものは無い。

「――……」

こつこつと、靴がアスファルトを打つ音が耳に痛い程響く。


世界から、自分以外の全ての音――いや、存在が失われてしまったかのよう。

まるで。

違う世界に迷い込んでしまったみたいに――



   ぞわっ



「っ…………!」

突如、内臓の細胞を逆撫でされたような感覚が五体を駆け巡った。

吐き気がしような程の嫌悪感が生まれる。

同時に、沙織の背筋を冷たいものが伝う。

思わず足を止め、両腕で体を掻き抱いた。全身が総毛立つ。


(何これ!?)


湧き上がった感情――恐怖に、沙織は身を震わせた。

暑くもないのに汗が流れる。寒くもないのに鳥肌が立つ。

そして沙織は唐突に思った。


(“ここ”、どこ?)


何の前触れもなく、水泡のように浮かび上がってきた感情。

理由も確証も無いのに、瞬く間に沙織の体内に浸透していく。


(“ここ”はまずい、“ここ”は駄目だ――――!)


沙織は一刻も早く“ここ”から逃げようと思ったが、どう足掻いても足と地面が離れない。力を入れても、膝ががくがくと揺れるだけだった。

あやふやな感覚は形を持たないが故、巨大かつ強大な鎖となってこの地に足を縛り付ける。


決して逃げられないよう。


だがそうしている間にも、原因不明の闇がじわじわと心中を埋め尽くしていく。

「な、何、が…………」

自分でも情けなくなる程に震えた声が口から漏れる。

かちかちと歯の鳴る音が脳髄まで響く。甲高い女性の悲鳴に聞こえた。

「…………!」

沙織は必死で叫び声を上げるが、それが喉から発せられる事は無かった。

自分の体すら、自分の思うように動かせない。

一体自分の身に何が起こっているのか。

この空気の変質は、何なのか。

――――解ら、ない。

解らない事が、更に恐怖を加速させていく。


(誰か、誰かぁ……!)


沙織がそう内心で叫んだその時――



「      」



(あ……え?)


沙織の耳に、前方からふと、何かが届いた。

それは風に乗って、微かな響きで空気を揺らした。凍結して固まっていた空気を、ふわりと緩やかに動かす。

それと同時に、沙織の体も解放された。完全にではないが、だが楽になった。


(……声……?)


それは人の声のようだった。それも、女性の。

沙織は前方に目を向けた。

じっと目を凝らす。

すると



「……、…………。……」



徐々に声が近づいてきている。声にはリズムがあり、どうやら歌であるらしかった。

そして、外見を判断出来るまで来た。


(女の子……?)


沙織は目を見開いた。

前方から来る人物――

それは、人形の如く踊る、一人の少女だった。少女とは言っても、沙織と同じくらいの年齢だと思える。

少女は、白かった。雪を思わせるさらさらの長い髪。ウェディングドレスのようなワンピース。病的なまでに白い顔。

同性の沙織すらも見惚れてしまう程、綺麗だった。

少女は軽いステップを踏んで少しずつ近寄ってくる。いつの間にか、歌は止んでいた。

バレリーナが如く、歌いながら、踊るように跳ね、回る。

再び静寂を抱いた闇の中に、ぼんやりと浮かび上がって、少女は存在している。


さながら、幽霊のように――


少女は沙織から少し離れた所で立ち止まる。

そして。

くすり、と口角を小さく持ち上げて、笑みを作った。


(綺麗だなぁ……)


こんな異常な状況であるにも関わらず、沙織は呑気にそんな事を思った。

気付けば恐怖がどこかへ遠のいている。この少女の出現が、この場の全ての空気を変えていた。

少女は沙織の事など意にも介さず、夜空を仰いだ。

そして、外見に合致する澄んだ声で、歌う。



「朝に私は目を覚まし

 旭に照らされ立ち上がる

 昼に私は目を開き

 光の元で出来上がる

 夜に私は目を塞ぎ

 闇に喰われて死んじゃった


 喜び楽しみ消え去った

 痛み苦しみ無くなった


 そうして私は腹の中

 月と一緒に踊ります

 未来永劫謳います」



朗々とした歌声は天空に向かって放たれ、広がる。

歌詞の意味は全く不明だが、耳に酷く心地良い。

歌い終えた少女は、ワンピースの裾を軽い摘んで、一礼した。

漆黒の舞台に上がる一人の役者が、そこにいた。観客は、沙織一人で。

沙織は思わず拍手しそうになる。完全に少女の醸し出す雰囲気に呑まれていると、自分でも解っていた。

だが少女は相変わらず沙織など眼中にも入れず、おもむろにその場にしゃがみ込む。そしてそっと、アスファルトに手を触れた。

次の瞬間。

「なっ――――!?」

沙織は自分の目を疑った。

少女が触れた手が、アスファルトの中に飲み込まれたのだ。



  くぷっ



まるで液体と化してしまったかのように表面が揺れ、少女の腕が肘まで入り込む。


(何、で……)


少女はやはり当たり前の様子で、ゆっくりと腕を引き抜いていく。

そして完全に現れた手に――

「あ……うぁ」

沙織の喉からは最早老婆のように掠れた呻き声しか出なかった。からからに乾いた喉が張り付いて気持ち悪い。

少女のおかげで消えていた恐怖が、少女によって再度沙織の中に呼び込まれた。

いや。

違う。

これは。


あまりにも体に合わない大きな斧を携えた少女に対する、畏怖の感情――


ああ。

少女が歌っていた歌詞の中に。

『腹の中』という単語が出てきてはいなかったか。

そうか。そういう事なんだ。

沙織はこの夜の暗さに誤魔化されて、気付いていなかったのだ。

いつの間にか、知らない間に、


何かの腹の中に迷い込んでいたのだ――――


少女が顔を上げ、初めてこちらを見た。

その美しい顔に。



   にやぁ



御伽噺に出てくる悪い魔女のように、醜く奇怪な笑みが浮かんだ。

少女の表情を見た沙織の背筋を、何かが走る。

きっと戦慄とは、この事を言うのだ。

少女は先程感じていた印象とは正反対の、狂人のように醜く歪んだ顔をこちらに向ける。

そしてゆっくりと、こちらに近づいてくる。また、口を開いて。



「喰われた私は闇になり

 闇にとらわれ病みの花

 

 腹に入りし異端者を

 闇の為にと払います


 

 闇を穢した愚か者

 罪を命で償えよ」



くすくすと笑いながら。

ソレを持って。

来る。

「あ……あ……い、やぁ……」

沙織には逃げる事も叫ぶ事も出来なかった。体が鉛のように重く、動かない。

今の自分は、蛇に睨まれた蛙だ。

沙織は思った。


『闇を穢した愚か者』? なんて理不尽な。好きでこんな処に入ったんじゃないのに。

『罪で命を償えよ』? それってもしかして――――


少女は沙織の目の前まで来ると、凶器を頭上に高々と振り上げた。

棒のように細い腕で、大木すらも薙ぎ倒せそうな斧を掲げる。

まるで自分は正義の使者だとでも言わんばかりに。


(――――――!!)


沙織は目を離せなかった。怖くて怖くて何も見たくはないのに、瞼は引っ付こうとしない。

自分の頭を西瓜のように叩き割ろうとしている凶器に、目が張り付いて動かない。

瞬きすら、体は許さない。

斧の刃が月光に反射して煌いた。


(いやだ、いやだ、いやだ、――いやだいやだいやだいやだぁ――――!!)


沙織は絶叫する。迸る感情を抑えきれない。でもそれはどこまでも無力だった。

少女はそんな沙織を嘲笑うかの如く、真っ赤に熟れた舌をちろりと出して。


迷い無く、斧を振り下ろす。



沙織は迫り来る刃を開き切った目で、凝視していた。



――闇の中にも月があると、それだけを最期の最後に思った。





あれはもしかして――



眼、だったのかなぁ――――


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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。ホラー短編の企画に乗ってしまいましたが、皆目ホラー作品など見当がつかず、勉強の意味で拝読させてもらいましたが……非常に秀逸な作品だと思います。 コメントされてる方々も素晴らしい…
[一言] 読ませていただきました。一度は助かったかのように見せて、更なる奈落に叩き落される…ホラー系の王道ですね。それを含めた物語の起伏が、恐怖を誘うので、とても良かったです。一方で、背景に関して何も…
[一言] とても「ホラー」らしい作品になっていると思います。文体も、展開も。ただ、読者を怖がらせるためにあえて明るさとか普通さとかを暗さや異常さに混ぜて描いていくともっと恐怖の効果が上がるかもしれませ…
2006/05/22 12:53 さすらい物書き
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