お嬢様ごっこ
はぁ……これ、重いですわ。担任の先生も私にこんなもの頼まなくてもよろしいのに。
わたくしこと綾小路姫華は困っていました。次の授業にて、DVDを利用して教育映画を見るとおっしゃいまして、学級委員であるわたくしに機材一式を視聴覚室から教室に運んでくれと頼まれました。
段ボール箱一杯に詰められた機械を1階の視聴覚室から3階の視聴覚室まで、うんしょうんしょと運んでいる最中なのですが、これが結構重くて……どなたか運んでくださらないでしょうか。
担任の先生もひどいですわ。こんな容姿端麗のわたくしにこのような雑用を頼みますとは。運んでいる最中にわたくしの美しい体に傷がついてしまったらどうするのでしょうか。
わたくしは少し休憩を取るつもりで2階から3階の間の階段で休んでいました。
「どしたの? 姫華」
ハンカチで少しにじんだ汗を拭いていましたら、背後からどなたか声を掛けてまいりました。いったいどなたなのでしょう? 振り向いてみてみましたら、ポニーテールのかわいらしい女性が立っております。
「ああ、ちょうどよいところに。2年3組のわたくしの親友、神宮寺薫子さん」
「気持ち悪い言い方ね……またお嬢様ごっこ? 疲れない?」
いえいえ、結構楽しいですわ。
「あと、薫子って呼ぶのやめて。本名は薫なんだから。神宮寺って名字でもほんとはないんだけど」
薫よりも薫子の方がお嬢様っぽいではないですか。
「……あんた、絶対その変な妄想壁がなければもっとモテるのに」
「いえいえ、わたくし、これ以上は持てませんわ。今までここまで持てたことが奇跡なようです」
このような重いものを1階から3階まで。ああ、わたくしってすごいですわ。
「……あんたさあ、お嬢様ごっこしてるからって、『ここまでモテた』なんて、嫌味を言うのはやめた方がいいよ? ちょっとだけムッとした」
なぜ薫子さんは機嫌を損ねるのでしょうか? わたくしは謙遜しているだけですのに。
「薫子さんでもこのくらいまででしたなら持てますわよ。わたくしが出来たのですから」
薫子さんの方が、わたくしより背も高いですし。運動部に所属しておりますから筋肉もしっかりついているのではないでしょうか。
「……ああ、神様。もしも許されるのなら、このお嬢様をぶん殴っても構いませんでしょうか」
「まあ、ぶん殴るだなんてはしたないですわ」
お嬢様になった気分になりますと、言葉遣いまできれいになってしまいます。このお嬢様ごっこは、全国の学校で推進していくべきかもしれません。
「くっ、右手を怪我してなかったら、全力で姫香の事殴ってるのに」
薫子さんがそのようなことを申しました。
よく見ると、確かに右手に包帯を巻いています。部活動をされている最中に突き指でもしたのでしょうか。
「あら、薫子さん。右手を怪我されてたのですね。それでは持てないのも無理ないですわ。失礼なことを申しました」
出来ない事を、出来ると押し付けてしまったら、どうしても怒ります。まだまだ私も反省が必要ですね。
「右手を怪我してるだけで、なんでモテないなんて言われなくちゃいけないの!?」
「それは仕方ありません。ご無理を言って申し訳ありません」
「無理って言うな! 何!? 姫香は私がモテないって言うの!?」
「それはもう当たり前ではないですか。そんなご無理をおっしゃらないでください」
そのような怪我をされて、このような重いものを持つなど、怪我を悪くさせるようなものではないですか。
「……姫香ってそんなに性格だったっけ?」
「わたくしはいつもこのような性格ですわ。人のことを思いやり、みなさまが幸せになれるよう。人にやさしく、自分に厳しくをモットーにしてますわ」
「どこがよ!? あんたのせいで私はものすごく傷ついたわよ!」
あ、あら? わたくし、何かしましたっけ?
も、もしかしてわたくしが右手の傷を作ってしまったのでしょうか。いつの間にやってしまったのでしょう。
「……申し訳ございません。ですがわたくし、薫子さんを傷つけた記憶がございません。よろしければいつ傷つけたのか、お教えくださいませんでしょうか」
「たった今よ!」
い、今ですか? それではわたくしは今この瞬間に、薫子さんの右手を傷つけ、そして包帯を巻いたということでしょうか。それはすごいです。
「……もしかしてわたくしは魔法使いなのでしょうか」
「そんな訳ないでしょ!? なんで今の会話でそうなるのよ!」
あら? 間違えましたか。
「それではエスパーでしょうか。きっとサイコキネシスを無意識のうちに使ってしまったのでしょう……誠に申し訳ありません」
「何わけわかんないこと言ってんのよ! すっごく腹立つわね。ちゃんと喋りなさいよちゃんと! エスパーって言うんだったら私の今考えていることくらいわかりなさい!」
そのようなことをおっしゃられましても、分かりませんわ……。
わたくしがおろおろと困っていましたら、三千院光様が階段を上ってまいりました。
「おおい、薫ー。何やってんだ? あ、姫華ちゃんこんにちは」
「ごきげんよう、光様」
「ありゃ、またお嬢様ごっこ中?」
ええ、楽しいですわ。光様もお坊ちゃまごっこを試してみると、この心地よさが分かるかもしれません。
「なに、光? 私機嫌が悪いんだけど。さっきからモテないモテないって姫香に言われまくってさ」
「ですから、それは仕方のないことではないですか。なぜ怒るのですか?」
「いい加減黙れ!」
訳が分かりません、気を使っているのに、ここまで怒られるなんて理不尽です。
「まあまあ、薫。そんなこと気にすんなって、姫香ちゃんだって冗談で言ってるだけだろうし」
別に冗談で言ってるわけではないのですが。冗談で言ったと思われるのは心外ですわ。
「なによ、じゃあ光は自分自身がそんなこと言われてムカッと来ないの?」
「いや、そりゃムカッと来るかもしれないけどさ。俺は薫がモテるのは嫌だなあ」
「なんでよ!」
持てたほうがよい気がしますが……会話の流れがいまいち分かりません。
「モテたら俺が困るじゃん。俺を見てほしいって言うか」
ああ、なるほど。光さんが荷物を持って、男気を見せたいということなのですね。それは助かります。
「光……それって」
「うん、そういう事……だから、モテたいなんて言うなよ。な」
「う、うん」
薫子さんが顔を真っ赤にしてうつむいていますが、ここは恥ずかしくなるような場面なのでしょうか。
「そろそろ授業始まるぞ。薫、いこっか。あ、姫華ちゃんも冗談も程々になー」
「え? あ、あら? ちょっとちょっと?」
そう言いながら、光さんは薫さんと行ってしまいました。
しかもなぜか手をつないでおります……。
……なんだか無性に腹が立ちますわー。
なんなのあれ。もおっ、お嬢様ごっこなんてやってらんないっ。
ゲシゲシと何度か機械が入ってる段ボール箱をけって八つ当たりして、私は荷物を持った。
「ああ、おもっ。さっきって光が運んでくれるんじゃなかったの!? ちったあ手伝ってくれればいいのにっ!」
ぶつくさと文句を言いながら、私は教室に向かっていった。