獣の目2
キリが声もなく見つめていると、源九郎は百歩ほど行って立ち止まり、村人に呼びかけた。父と村人の間は十歩もなかった。
「そんな物騒なものを持ってなんの用だ?」
ハルの父親が叫んだ。
「村で疫病が流行っている!みんなお前らのせいだ。お前らを退治すれば、疫病もおさまるだろう」
ハルの父親の目は、血走っていて凶暴な感じだ。源九郎は、少々堅いが落ち着いた声音で言った。
「おいおい、冷静に考えてくれ。俺らにそんなことできるがわけないだろう。そんなことできるのは、神仏くらいだ」
「神仏だと……?ふん。疫病が何かの祟りのせいだとして、祟りの原因はこの村ではみ出し者のお前らに違いない。他の村人はまっとうな暮らしをしているからな」
「待てよ。俺らがまっとうな暮らしをしてないみたいな言い方だな。そもそも、我が家のせいだという証拠はどこにもないじゃないか」
源九郎の言葉を聞いて、ハルに父親の黒い瞳が不気味に光った。口元を歪めて不吉に笑う。声が唸るように低い。
思わず源九郎は身を引きそうになったが、後ろの方にいるキリのことを考えて、腹にぐっと力を入れて堪えた。
「証拠ならあるさ。俺のとこのハルはな、あの薄気味悪い小娘が来てから様子がおかしくなった。そして、村で疫病が流行るとか言い出し始めた。どうして、うちのハルにそんなことわかると思う……?それはそこにいる魔物に何か言われたに違いない。その小娘は、お前たち家族に冷たくした村に呪いをかけたんだ。うちの娘は優しくてな、村で除け者にされているそこの小娘みたいな奴にも優しくしていた。だが!そいつは俺の娘にも呪いをかけやがった。畜生。もし……ハルが死んでしまったらどうするんだ……?あの子はもうすぐ嫁に行くんだぞ……やっと幸せになるところだったのに」
そう言いながら、ハルの父親はゆっくり歩いてきた。源九郎に近づくほどどんどん声が低くなって、言い終えた時にはもうほとんど獣の唸り声のようだった。
源九郎が驚いて、ハルの父親の肩に両手を置き
「ハルが病気なのか?それは本当か?」
と聞いた瞬間、ハルの父親は持ってきた鎌を振り上げた。
「ほんとうだとも!それもこれもみんなお前らのせいだ!」
と絶叫し、源九郎めがけて鎌を振りおろした。