警告3
キリが帰ると、その日一日ハルは物思いに耽っていた。掌で翡翠の簪を転がしながら、目は遠くを見つめるようで、何事か決めかねている様子だった。そして、考えがまとまったのだろう、目に光が戻ると簪を握り込み、ハルはすっくと立ち上がって両親の姿を探した。
ハルの両親は、庭先で雪かきをしていた。ハルが出ていくと、作業の手を休めて訝しそうな表情をした。ハルの顔に緊張の色が見えたからだ。
「ハル、今朝のことはなんだったんだ?あの子と付き合うんじゃないと言っているだろう。あんないきなり押し掛けてきて、非常識な」
「父さま、キリは非常識じゃないし、いい子だわ。わたしの大切な友達よ。そんな風に言わないで」
ハルの父親は、渋い顔をした。キリのことは気に食わないが、かわいい1人娘には逆らえない。
「それでその顔は、なにか話があるのだろう?なんの用だ?」
ハルはここで、唾を飲み込むと意を決して言った。
「父さま、サンゴロウさんのところの四朗ちゃんが、このところ寝込んでいるのは知っている?」
「ん、ああ。知っているがそれがどうした?」
ハルがこぶしを強く握り込むと、簪が掌に食い込んだ。
「四朗ちゃんは、普通の風邪じゃないかもしれない……。たとえば、疫病とか。ねぇ、今年この村でひどい疫病がはやるかもしれない」
父親は、疑わしげに眉を上げて言った。
「なんでお前にそんなことが分かる?風邪で寝込む子供なら、毎年いる」
「それは……」
ハルが口ごもると
「どうせ、あの娘になにか吹き込まれたのだろうが、戯言だから信用するな。あの娘は母親に似て、おかしなところがあるからな。なぁ、お前はもうすぐ嫁に行くんだ。お前にまで妙な噂がついたらどうする?あの連中とは手を切れ」
と、父親は幼い子供に説明するようにゆっくりした口調で言った。こんなことも分からないのかと言わんばかりだ。そして、その後はハルがいくら言っても全く取り合ってくれなかった。父親は諦めて母親の方を見ても、夫の言い分はもっともだというように、ハルを憐れみの目で見るだけだった。湿気を多く含んだ冷たい風が、三人の間を吹き抜けた。
(わたしには、なにもできないの?キリがせっかく警告してくれたのに……)ハルは唇を噛んだ。血の味がした。
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その日の深夜、ハルは高熱を出した。キリが夢で見た通りに、重い症状だった。翌朝、ハルの母親は、娘が熱にうなされているのを見つけると顔色を変えた。
もしかしたら、娘が昨日言っていたことは現実になるかもしれない。母親は急いで夫を起こし、娘の異変を知らせた。
はじめ、ハルの父親は風邪だろうと言って取り合わず、寝ていれば直ると言った。愛する娘が、疫病だとは考えたくなかった。しかし、三日経っても病気は治るばかりか、どんどんひどくなっていくようだった。そして、村の者にもハルと同じ症状で寝付く者が何人も出始めた。四朗はとうとう亡くなったとも聞いた。
彼は、動揺した。それから、キリが来てから娘の調子がおかしかったことを思い出し、きっとあの妙な小娘が自分の可愛い娘に何かしたのだと思いついた。そうだ、そうに違いない。あの家族は昔から妙なところがある。得体のしれない母親にそっくりなあの小娘も、妙な技が使えたって不思議じゃないのだ。
彼は、源九郎のことも昔から嫌いだった。いきなりやって来たどこの馬の骨とも分からない女と結婚するなんて正気の沙汰じゃない。あの家族には狐憑きの噂もあるくらいだ。噂じゃ、狐憑きの家は周りの者を呪うという話だ。
彼は、どうしてもハルの病気をキリの一家のせいにしたかった。あの時、娘のハルの話をきちんと聞いていれば、こんなことになっていなかったかもしれないとは考えたくなかった。全部がキリのせいだと考えると猛烈に腹が立って、奥歯を噛みしめるとぎりりという不吉な音がした。