源九郎と和葉3
源九郎は、和葉のことを思い出していた。贅沢は一切しない妻が、唯一持っていた装身具。それは、源九郎が和葉に贈ったものだった。黒い漆塗りの台に薄碧の翡翠が付いている玉簪で、簡素な造りだったが、上品な色合いで和葉の栗色の髪の毛によく似合っていた。キリを身籠る前は、その簪を身につけた和葉とよく逢い引きをしたものだ。
キリの嫁入りのときに、持たせてやりたかったと思って、源九郎は胸が痛んだ。キリだってもう年頃だ。嫁入りをしてもおかしくない。なのに、キリは唯一の嫁入り道具を親友に渡そうとしている。それは、キリが自分には嫁の貰い手がいないと諦めている証拠でもあった。キリは、妙な噂のついた自分が恋をすることなんかできないと思っている。
(自分たちのところに生まれてこなければ……)源九郎は、キリをかけがえのない大事な娘だと思っている。キリを天から授かったことに後悔はしていない。だが、自分と妻のことで娘にいらぬ苦労を掛けていることも重々承知していた。
食べたお椀を片づけると、黙々と笠編みの作業を再開している娘に向かって、おもむろに源九郎は語りかけた。
「父さんがな、母さんと出会って結婚するまでの話を、お前にしてやりたい。聞いてくれるか」
キリは、驚いて父の方を見た。今までそういった話を両親から聞くことはなかったし、なんとなく立入っていい話題ではない気がしていたのだ。それを父が自ら話し出すなんて意外な気がした。キリは黙ってうなずいた。
源九郎は、記憶の糸を少しずつ手繰り寄せるように、ぽつりぽつりと話し始めた。