呪い(のろい)
「あんた、呪いを使いたいのかい」
私の目の前にいる不気味な老婆は、そう言った。
ここはアパートの一室にある占いの部屋。実際に訪れるまでは、こんな建物の中に占い師なんているのかと懐疑的だったけれど、部屋に入るやいなや、先の言葉を投げかけられた。
いきなり確信を突かれて、鼓動が速くなる。
なにせ、占いを聞きに来たのではなく、人を呪う方法を聞くためにここに来たのだ。
「ここに座りな」
机を挟んで、老婆の前にある椅子に座わる。意外にクッションが効いていて、ふわっとした感触があった。
回りを見てみると、紫色の布で壁を覆っていて、照明も薄暗く怪しげな雰囲気をかもし出している。
「私のようなものでも、呪いをかけることができるのでしょうか」
しゃがれた声がでた。
小学生の頃に、初めてコックリさんをした時のような緊張が体を支配していた。
咳払いをして自分を落ち着かせた。
老婆は、そんな私の動揺など気づく様子もなく言う。
「呪いというのは、その辺に転がっていて珍しいものではないんだ」
どういうことだ。知らないうちに、世間では呪いをかけ合ったりしているのだろうか?
「ほら、よく考えてごらん…」
老婆が言うにはこうだった。
道路にある横断歩道や信号機は、人を意のままに操る呪いなのだそうだ。結婚もそうだし、納税も制度化された盗賊行為なのだという。
さらには、赤い色で十字を作るだけで、そこには戦争でも攻撃しないだろう?とまでいう。
「そうか、納得できないかい」
またも私の心を読んだようで、老婆は次のような話をした。
「あんたの職場で、同僚にこう言ってごらん…お前の後輩がお前のことを気に入らなくて、ありもしないパワハラをでっち上げているそうだぞ。ってね」
私がそれについての反論をしようとすると、とにかくそれを試して成果を試してみろと言う。
「そもそもあんたは信じていないんだから、今のを試してみてもどうってことはないだろ」
そう言うと、老婆は私を部屋から追い出した。
次の日、私は同僚に老婆が言った言葉を、さりげなく伝えてみた。
「あいつ…ふざけるなよ」
同僚はそう呟いただけだったが、次の日から徐々に変化が現れた。言葉が厳しいものに変わってきたのだ。
揚げ足を取られないように、弱みを見せないように、誤解を招く言動をしないように、そういった行動を心がける事が彼を冷徹な人に変えていき、2週間後に彼は、人間不信になって休職した。
それを知った私は、その日のうちに占いの部屋に行った。
「呪いは効果があっただろ」
私はあのようなことを望んではいない。あの呪いを解く方法を教えてくれ。
「呪いってものはそんな簡単に解除できるものじゃないよ」
それに…と、老婆は言葉を続けた。
「あんたはあの同僚のこと気に入らなかったんだろ?」
私の心を見透かしたその目に、全身鳥肌がたった。
私は逃げ出した。
その後ろ姿を見ながら老婆はつぶやく。
「あ〜あ、お金も払って行かなかったよ」




