第3話 副業×呪いの人形(2)
前回の続きです。
「家に嫌なもんが入り込んでるみたいだ。このままじゃ、あんた死ぬぜ。」
言われた警官は和馬を虚ろな表情でじっと見つめている。
「…はあ?」
楠 龍二。45歳。生活安全課の係長。
胃薬と頭痛薬が手放せない、中間管理職。
家庭では、妻と娘、猫のふうさんをこよなく愛する男でビビりな性格の持ち主。
道を歩いていて、後ろから追い越されるとビビる。
後ろに立たれるとビビる。
暗い場所や雰囲気でビビる。
職場ではハムスターの心臓を持つ男と恐れられている。
幽霊もUMAも信じてはいるが、自分が遭遇したいとは1ミリも思っていないため、心霊スポットと言われる場所には絶対に行かないように心掛けている。
警察という職業柄、そのような場所に行くことが避けられない場合もあるものの、清めの塩と有名な神社の数珠を付け、戻ってきたら相撲の清めの塩ばりに自身に振り撒くなど、取り憑かれないよう徹底していた。
「えっと…君はさっき、連行されていた人だよね?」
「訳あって事情を聴かれてただけだ。それより、あんたこのままじゃやばいぞ。」
楠係長は改めて真剣な顔で話す和馬の出で立ちを見た。
細身でひょろっとした体に少し長めのぼさぼさの髪、不細工な猫のような、瞼が重そうな、眠そうな目をして、汚れたT-シャツとジーンズにスニーカーを履いている。
―――きっと、あぶない奴に違いない。逃げなければ…。
楠係長はビビりゆえの警戒心を発揮する。
「そうか、ありがとう。私は大丈夫だ。きみは早く帰って少し休みなさい。いいね?」
そう言って、楠係長は和馬からそそくさと逃げていった。
「え…?おい、あんた!」
和馬は逃げる楠係長を追いかけるが、逃げ足の速い楠係長に追いつくことができない。
楠係長は長い廊下の先にある階段を走って登っていく。
和馬も同様に階段を登ろうとしたところ、先程の中年の警察官とばったり出くわしてしまった。
「板橋さん?まだ何かあるんですか?」
中年の警察官は少し怪しむような視線を向けた。
さっき逃げていった警察官に用があると伝えようか迷ったものの、悪霊の話を出したら再び大麻使用の疑いがかけられてしまうことが目に見えている。
「だ…大丈夫です。トイレ行ったら、出口が分からなくなっちゃって。」
和馬はその場をごまかして、一旦引くことにした。
自席に戻った楠係長は肩で息をしながら、ハムスターのようにトクトク鳴っている心臓を落ち着かせようとしていた。
―――怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった!!!
―――あいつなんなんだ!?勝手に死亡宣告してきて!!怖すぎだろ!!!
―――落ち着け!私は優秀な係長だ!そして良き夫で、良き父、良き飼い主だ!動揺する姿を部下に見せるわけにはいかない!!
周りの部下や上司は、係長が何かにビビって動揺する姿を見慣れているせいか、気にも留めず淡々と仕事をしている。
―――よし、私が動揺していることは誰にもバレていない。
ずぅ―――ん
気持ちが少し落ち着いた頃、両肩が重だるくなってきた。
楠係長に憑いている黒い靄は不気味にゆらゆら揺れている。
―――最近、肩こりがひどいな。そうだ!今日は温泉のもとを入れた湯船に浸かって温まろっと。
温泉好きな係長は家で入る草津温泉のもとを想像してウキウキした。
―――斗南町 大神佃屋―――
「お願いします!!!あと3日待ってください!!!」
レジの前で和馬は思いっきり土下座をしている。
「ったく!この間も同じこと言ってたじゃないか!!」
パンチパーマに真っ赤な眼鏡、真っ赤な口紅を付けた小太りのおばちゃんは額に青筋をピクつかせている。
このおばちゃんが和馬の店の大家で大神佃屋の店主の大神きよである。
御年70歳になる今も現役の社長で製造から販売まで経営手腕を発揮している。
大神佃屋は老舗の佃煮屋できよの曾祖父の代から始めた店だ。
現在はきよときよの夫、息子夫婦で切り盛りしている。
佃煮以外に様々な煮豆も取り揃えており、県外からも客が買いに来るほど人気店となっている。
和馬の店は大神佃屋の横にある2階建ての店舗だ。
3か月前に開店したものの、赤字が続き、今回で3度目の土下座である。
「まともに家賃を払われたことがないよ!まったく!!もう出てっておくれよ!!」
「そこをなんとか!!!あと3日でなんとかします!!」
聞く耳を持たないきよに必死に食らいつく和馬。
「まぁまぁ、きよさん、待ってやってくれ。和馬は支払日には間に合ってないけど、これまでなんとか遅れても支払ってきてるじゃないか。」
そう優しく話すのは、きよの夫で婿養子の茂だ。
「あんたはほんとにお人好しだよ!本当にあと3日だからね!!それで支払えないなら、即出て行ってもらうからね!もう店を開ける時間だ!さっさと裏から出ていきな!!」
「はい!!ありがとうございます!!」
なんとか3日待ってもらうことはできたものの、これといった当てもなく、和馬はとぼとぼと隣の自分の店兼家に向かった。
―――ハーブティ専門店「月の草」―――
大神佃屋から徒歩10秒のところに和馬のハーブティ専門店「月の草」はある。
もともと大神家が店舗兼自宅にしていた建物で1階が店舗、2階が和馬の居住スペースになっている。
店の鍵を開けて入るとパロサントの甘くてウッディな香りが優しく和馬を包み込む。
パロサントは南米原産の「聖なる木」と呼ばれる浄化作用のあるもので、香りも良く、人気がある。
ドアには乾燥させたローズマリーが一束、吊り下げている。
ローズマリーは古くから魔除けに使われ、家のドアに飾ることで家全体が結界となる。
こんな副業をしているため、厄介な霊が店に入らないよう注意している。
店に入って右側の棚には様々なハーブが透明な瓶に入って陳列されている。
和馬がブレンドしたハーブティもいくつかあるものの、基本的に客の要望に合わせて調合している。
来てくれる客は少ないものの、要望に合わせてブレンドハーブティを作れることが売りになり、少しずつリピーターは増えてきている印象があった。
左の棚にはエッセンシャルオイルやセージ、パロサントが陳列されている。
エッセンシャルオイルもこだわったものを取り揃えている。
和馬は入り口左側にあるレジに入り、足元の木箱からパロサントを取り出した。
警察署で見かけた悪霊に取り憑かれた警官を思い出した。
あんなに強い怨念を出しているということは、かなり厄介な悪霊だろう。
パロサントに火をつけると素早く燃えた後にすぐに火が消え、真っ白な煙が静かに天井まで流れていく。レジ横の小さな陶器に置いた。
―――あの警官、相当まずい状況だよな。でも店もあるし、四六時中、張り付いている訳にはいかないしなぁ。
和馬は悪霊が憑いている警官について考えてみたものの、疲れと眠気で頭が全然回らない。店の開店まで1時間半はある。少し眠ってまた考えることにし、店舗2階の居住スペースに向かった。
―――斗南町 楠家―――
「おかえりなさーい」
楠係長が家に帰ると、ダイニングキッチンで夕食の準備をしていた妻の春子が夫を笑顔で出迎えた。
春子は係長が大学時代に出会った後輩だ。誰に対しても分け隔てなく接し、優しくて、しかも美人であったため、当時はライバルも多かったが、係長の猛アプローチで付き合うことになり、そのまま結婚した。
料理好きで大手のお菓子メーカーで働いていたが、出産を機に退職し、現在は知り合いのケーキ屋でパートとして働いている。
今夜は豚の生姜焼きだ。
「おかえり~」
ダイニングキッチンの横に位置するリビングでは、一人娘のあかねがソファに寝ころんでスマホをいじっている。
「あかね、そろそろご飯できるからお箸とか並べてくれない?」
「はぁい。」
あかねはソファから起き上がって、ダイニングキッチンに向かった。
「ママ!ママ!見て!ふうちゃんのインスタのフォロワーがまた増えてる!」
あかねは興奮気味にスマホ画面を料理する春子に見せてきた。
ふうさんとは楠家で飼われている2歳のエキゾチックショートヘアのふうかのことだ。
普通の猫と違い、達観したような眠そうな表情がなんとも言えず、可愛い。
春子の友人宅で生まれたふうかは、春子とあかねの一目惚れで我が家にやってきた。
「まぁ!さすが、うちのふうちゃんね!」
春子は思わず調理の手を止めてインスタを一緒に見た。
あかねはふうさんのインスタアカウントを作成し、我が家にきてから今までずっと動画や画像をアップしてきている。
「ふうさんは?」
係長は仕事の疲れを猫吸いで解消したくてうずうずして聞いた。
「さっきご飯食べたら2階に行っちゃったよ。あの人形のところにいるみたい。」
お箸を食卓に並べながら、あかねは話す。
「気に入ってるのね、可愛いわ。」
春子は味噌汁に味噌を溶かしている。
「あの人形ってさ、ママが買ってきたんだっけ?」
あかねは生姜焼きをお皿に取り分けながら春子に聞いた。
「ママじゃないわよ。パパがどっかからもらって来たんじゃなかったかしら?」
「いや、パパに人形くれる人なんていないよ。あかねかママが知り合いからもらったんじゃないの?」
楠家にある、誰も買った覚えも、もらった覚えもない人形は2階の廊下にある出窓に座っている。
30cm程度のアンティーク人形でその昔、ビスクドールと呼ばれて人気を博したものだ。
色白の顔に頬はピンク色に染められ、小さな口に深いブルーの瞳、ブロンドの髪は肩までの長さで薄いブルーのワンピースを着ている。
すぐ近くにはふうさんが鎮座しており、人形を凝視している。
夕食を食べ終えた係長は早速、風呂を沸かした。
パジャマと下着、タオルを浴室近くの洗濯機の上に置く。
洗面台の下から日本の名湯と書かれた箱を取り出すと、中から草津の湯を取り出した。
鼻歌を歌いながら、湯船に草津の湯を溶かすと透明な湯から乳白色の湯に変わり、硫黄の匂いが浴室に漂う。
シャワーで体と頭を丁寧に洗ってから、念願の湯船に入る。
「ああああああああああああぁぁぁ――――しみるぅぅ…。」
疲れた体に湯船の温かさがたまらない。
目を閉じて温かさと温泉の匂いを堪能する。
さっきまでシャワーの音が響いていた浴室は静まり返り、換気扇の低い音しか聞こえない。
すーっ、ミシッ。ミシッ。
突然、脱衣所のドアが開き、誰かの足音がした。
「ママ?」
係長は声をかけるも、返答はない。
でも脱衣所からは確かに人の気配がする。
ミシッ。ミシッ。ドサッ。
足音の後に何かが落ちる音がする。
「あかね?」
相変わらず返事はない。
ミシッ。ミシッ。ミシッ。
気のせいか、脱衣所を物色しながら段々浴室に近づいてきている気がする。
―――誰かいる…。
係長はごくっと生唾を飲み込み、静かに湯船から上がる。
ハムスターのように心臓がトクトク鳴っているのが聞こえる。
浴室内にあった武器になりそうなもの、ボディソープお徳用の大きなボトルを手に取ると、一気に浴室のドアを開けた。
脱衣所には誰もいない。
ただ、閉めたはずの脱衣所のドアが10㎝程度開いており、洗濯機の上に置いていた着替えやタオルは床に無造作に落ちていた。
―――誰かいた…?
係長は慎重に脱衣所の中をゆっくりと見渡す。
ガタガタガタ…!!
「うわぁぁ!!!!!」
突然、洗濯機の裏から物音が聞こえ、係長は思わず大声を出し、尻餅をついた。
「パパ?どうしたの!?」
春子とあかねが慌てて脱衣所にかけつけた。
「い…いま…洗濯機の裏で物音が!!」
係長は震えた声で洗濯機の裏を指さした。
すると、洗濯機の裏から人形をくわえたふうさんが出てきた。
「なんだ、ふうさんじゃん。パパ、ビビりすぎ。」
あかねは笑いながら脱衣所を出ていった。
ふうさんは人形をくわえたまま、トコトコトコっと速足で脱衣所を出ていった。
「ふうさんか!!びっっくりした…心臓に悪いぞ…!」
係長は胸を撫でおろし、ハムスターの心臓を落ち着かせた。
「ふうさん、人形とか好きなのね。ぬいぐるみとか買ってあげようかしら。」
春子は床に落ちた係長の着替えとタオルを畳み、脱衣所から出ていった。
再び係長は草津の湯に浸かった。
―――怖かった…!落ち着け、俺。ふうさんが人形を持ってきただけじゃないか。
さっきの恐怖からなかなか回復せず、仕舞には乳白色の湯船の中も怖く感じてしまったため、そそくさと湯船から出て脱衣所へ向かった。
―――ビール飲んで寝よう。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。




