母親から海外移転の話が来ました
「海外に移転!? 本当なの、母さん!?」
海外に移転すると聞いた彩也香が弾かれたように声を上げた。
母親は優斗のベッドサイドに歩み寄ると、優斗の額にそっと手を当てた。
「ええ、本当よ。時間がかかってしまってごめんなさいね。 これ、目的の国の永住ビザよ」
「これが……」
そして、母親は優斗に渡した物は、ある海外の国の永住ビザだったのだ。
そのビザは彩也香にも渡される。
その際に、優斗は母親の永住ビザに書かれた名前を見る。
(天野 璃子……。 この世界での俺の母さん……。 そして、リコリスグループの社長……か)
母親の名前は、天野 璃子。
大手の会社のリコリスグループの社長でもある。
リコリスグループは、通信などのインフラや鉄道車両や医療機器の製造などを主に携わっていた会社だ。
そんな彼女が計画していた海外移転。
それは、優斗にとっても、まともな思考の家族にとっても、この『日の国』の狂った『イケメン至上主義』から逃れるための、唯一の希望だった。
「もう日の国には、未来はないわ。 歪んだ思想によって完全に汚染されてしまった」
璃子は、優斗の手に自分の手を優しく添えながら、少しばかり沈んだ表情でそう言った。
「そういや、日の国のイケメン至上主義に嫌気がさして、海外移転を仄めかしていたんだよね」
「そうよ、彩也香。 その為の準備をしてきたのよ。 政府の妨害に遭いながらもね」
イケメン至上主義に汚染された日の国に嫌気がさし、優斗のために海外への移転を仄めかしていた。
だが、受け入れ先の国や場所の確保、各種書類の手続き、会社の事業の移転など、それら全てが一筋縄ではいかなかった。
さらに日の国政府の陰湿な妨害もあってか、移転確定になるまで、かなりの時間がかかったのだ。
「優斗が中学三年生の時の修学旅行は、風邪をこじらせていたのに、あの教師たちが私の隙をついて無理やり参加させたからね。 余計に悪化し、入院をする羽目になったのよ」
璃子は、優斗の手を優しく添えながらそう話した。
修学旅行があったあの日、優斗は風邪をひいており、とても旅行に参加できるような状態ではなかった。
しかし、当時の学校にはびこる『イケメン至上主義』に毒された女教師は、優斗がイケメンではないという理由で無理やり参加させたうえで、病状を悪化させて入院をよぎなくさせたのだ。
医師たちは、数少ないまともな女性たちだったので、すぐに対処して貰い、優斗は一命を取り留めたのだ。
当然ながら、璃子は激怒した。
彼女が経営するリコリスグループの女性社員たちも、優斗の置かれた状況に憤慨し共に学校へ猛抗議に赴いた。
しかし、学校側の態度は冷淡なものだった。
『アレはイケメンじゃないから人権なんてないの。 だから死んでも問題はないし、風邪だからって参加しない選択肢はないの』
校長はその言葉を、璃子や社員たちに面と向かって突きつけたのだ。
だから、璃子は決意したのだ。
この日の国では、優斗の居場所はないと。
大事な息子をこれ以上苦しめるわけにはいかないのだと。
だから、仄めかしていた海外移転を水面下で、かつ政府の妨害を跳ね除けてまでスピードを上げて進めて来たのだ。
海外への通信が遮断されるという酷い嫌がらせも受けたが、璃子はある仕込みで計画を進めたのだ。
そして今日。
ようやく受け入れ先が決まったのだ。
「受け入れ先は、はるか北の大陸にあるレストラント連邦国よ」
「レストラント?」
璃子から口にした受け入れ先の国の名前に、優斗と彩也香はキョトンとした。
「あそこは、この日の国とは全く違う価値観で、人が人を差別することがない、とても自由な国だと聞いているわ」
璃子は、レストラント連邦国の地図を広げながら、彩也香と優斗に説明した。
レストラント連邦国は、広大な国土と多様な文化で構成される。
そして何よりも、この日の国にはない穏やかな空気がそこにはあると、彼女は付け加えて言った。
「さらに、あそこは魔道技術も発展させてるからね。 日の国は魔法や魔道技術はないと否定的だったから」
「ああ、そっか。 だからボク達は魔道技術も魔法も知らなかったんだね」
魔導技術。
魔法と科学を融合した新たな技術。
男女比が狂ったこの世界においての国際社会では常識のはずなのだが、日の国の政府などは頑なに魔導技術を否定し続けていた。
そこに『イケメン至上主義』が浸透している事で、国際社会からも孤立しているのを政府は知らないのだという。
「でも、これでやっとこの日の国からおさらばできるんだね」
「ああ、そうみたいだ。 一応、あの国際男性人権連盟も動いてるみたいだけど」
優斗は、そう言いながら地図上のレストラント連邦国の場所をじっと見つめた。
そこには、今まで感じたことのない安堵と、かすかな期待が入り混じった感情が湧き上がっていた。
前世での苦しみと、この日の国で受けた『イケメン至上主義』による不当な扱い。
それらの全てから、ようやく解放される日が来るのかもしれないと。
「母さん、ありがとう」
優斗は顔を上げ、母親の璃子に心からの感謝を込めて呟いた。
璃子は優斗の頭をそっと撫でた。
「いいのよ、優斗。あなたは私の大切な息子だもの。これからは、レストラントでもっと伸び伸びと生きてほしいから……」
翌日、優斗は無事に退院した。
そして、そのまま璃子とリコリスグループの女性社員たちと共に、はるか北の大陸にあるレストラント連邦国への移転を決意する。
優斗の心には、新しい生活への期待とこれまでの苦しみからの解放感が入り混じっていた。
日の国の狂った『イケメン至上主義』から逃れ、誰もが人として尊重される場所へ。
優斗の新天地での新たな人生が、今始まろうとしていた。
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