一触、即発
女同士の約束はあてにならない。そんな言葉を聞いたことがある。
実際、あたらしいお母さんが妊娠してることを知らされるまで、あたしはあかりちゃんのお見舞いに行くつもりでいた。
お見舞いなんて、本当のお母さん以来だから、どんな服装をしたら正しいのかがわからなくて、クローゼットの中の服をごちゃまぜにしていたら、突然お父さんに呼び出された。
「ちかこ、よく聞きなさい。お前はお姉さんになるんだ」
隕石が頭の上に落っこちてきたみたいな衝撃で、目がちかちかした。
「なに? それって?」
あたらしいお母さんの勝ち誇った笑顔が憎らしい。
あたしもう、この家にいられないの?
この女のせいで、あたしの居場所を奪われてしまったの?
ウソでしょう?
だって、あたしたちが先にこの家にいたのに。
目の前が真っ暗になったあたしの手に、あたらしいお母さんの手が重なる。そして無理矢理まだふくらみを持たない腹にさわらせようとした。
瞬間、その手を跳ね除けてしまう。
「ちかこ、乱暴はよしなさい!! まだ安定期前なんだぞ」
安定期前。
とどのつまり。
今ならアクマのコドモをどうにかできる、と?
あたしがそれをやらかすと、お父さんは本気でそう思っているの?
「……いたいっ」
あたしの口から涙といっしょにこぼれてきた言葉は、なにがどういたいのかまったくわからなくて。
痛いと言いたいのはむしろ、この女の方かもしれないことも、きちんとわかっている。
だけどこんな急に。
こんなにデリケートなことをあっけらかんと告白されてもあたし、この女にやさしくできないよっ。
「あたし、おばあちゃんのお家に行ってもいいかなぁ?」
亡くなったお母さんの方のおばあちゃんだったら、きっといつも通りあたしにやさしくしてくれるはず。
「よした方がいい。前のお母さんの方は、おばあさんに認知症が発覚したばかりだから」
孤立無援。
だったらもう、どこにも行き場がないじゃない。
「ごめんなさいね、ちかこちゃん。よろこんでくれると思っていたのに」
多感なお年頃だものね、なんてついでみたいにくっつけて言うのはやめにして欲しかった。
「じゃあ、あたしにがまんしてこの家にいろってこと? そういうこと?」
乱暴に立ち上がった。
さっきまであかりちゃんへのお見舞いになにを着て行こう、なにを持って行こうってことだけで頭の中がいっぱいだったのに、そんなことが全部消えてなくなるくらいには、衝撃的だった。
「ちかこ、この家でがまんしなさい。お前はお姉さんになるんだから」
「わかってるよっ。二回もおなじこと言わなくてもいいじゃんかっ!!」
あふれ出た涙をこれ以上この女に見られたくなくて、家を飛び出した。
必死に泣きながら、それでも足は、あかりちゃんが入院している病院へと向かうのだった。
つづく