筆名、他人
妹のあかりが必死に訴えてくるからよく見ると、本当に川内 あかりがそこにいた。
ありがちな名前と言えばそこまでだけど、とても他人事とは思えずに、自分のスマホでもうひとりの川内 あかりを調べてみる。
見れば、いくつかの童話とエッセイがほぼ同時進行的に投稿されていた。
妹のあかりと一緒になってエッセイを読み始めたところ、これまた驚いたことに、心臓の病気をわずらっているという。
そこでなぜか、幼かった頃のともやの顔が浮かんだ。
まさか、とは思うものの、読み進めてみると、親友の名前がちかことなっていること、そしてなにより真に迫った心臓の病の描写から、相手がともやだということがはっきりしてきた。
「あいつ。姑息な手を使って……」
あきれたのと、安心したのの半分ずつの気持ちだった。
とりあえずともやが生きていることへの安堵と、自分の病気を元カノの名前で投稿していることの卑屈さに不愉快な気持ちもあった。
エッセイを読み進めるよりも、と、先に童話を読んでみたけれど、どれもいまひとつ面白くない。
エッセイに戻ったところで、ぐじぐじといじけている姿が想像できて、なにを伝えたいのかわからない。
それなら、と。あたしはもうひとりの川内 あかりにメッセージを送ろうとしたけれど、コメント欄はなく、なにも伝えることができない。
仕方なく、あかりのおばさんに電話をかけることにした。
「もしもし、川内です」
『あら、ちかちゃん。どうしたの? 看護師さんは今日はおやすみ?』
「はい。あの、言いにくいんですけど。もしかしたらともや――くんが日本にいるかもしれないんです」
『そうなの? 会ったりした?』
「いいえ、そうじゃなくて。小説投稿サイトに、川内 あかりという名前で投稿しているみたいなんです。だから、ひょっとしたらまだアメリカにいるかもしれないし、もうどうすれば連絡できるかわからなくて」
あいつの顔を見たら、まずは顔を引っ叩いてやるんだ。それから罵詈雑言浴びせて、こっちが本気で心配していたのにブロックしたことを後悔させてやるんだ。
つづく