おかえり、せつない
支度をおえて、窓の外をじっと見つめていたら、おじさんの車が見えた。
あたしとともやはおばさんを真ん中に挟んで、おかえりなさいと書いてデコった大判の紙をかかげる。
かなしい気持ちがないわけじゃない。
だけど今だけ。
今日だけはあかりのためにたのしみたいし、盛り上げたい。そうでなければ、胸の奥からせり上がるこの感情がウソになってしまうから。
もしもこの世界に神様がいるのなら。この先あたしに幸運が訪れなくても、その分あかりを長生きさせてください、と祈ることしかできないから。
遠慮がちに玄関が開く音がする。あたしの心臓もどきどきしてる。
「おかえりなさぁ〜い!!」
おばさんとあたしとともやの声が重なる。目の前には目を丸くしてから、やさしくほほ笑むあかりの姿がある。
おなじ年なのに、体はうんとちいさくて、今にもくずれてしまいそうにもろくはかなげなあかりの口からただいま、と返事が聞こえた。
それからみんなで順番に手を洗ってうがいをして、クラッカーを鳴らさない地味めなパーティーがはじまった。
なにが美味しかったかって、おばさんの手作りケーキと鶏もも肉のグリル。
だけど、あかりは疲れちゃったと言って、ほんの少ししか食べることができなかった。
「ごめんね。せっかく用意してくれたのに」
「いいよぉ。あかりのことが心配だもん」
なにげに呼び捨てにしたら、緊張した面持ちのあかりがふふっと笑う。
「あたしは、ちかこが用意してくれたお菓子と飾りつけに猛烈に感動しちゃるのでごわす」
あかりがおどけてみせた。
はじめてお互いにちゃん付けしないで呼び合えた。それだけのことが、こんなにもうれしくて。うれしいのに、せつない。
「お母さん、ちかこと二階に行ってもいい? お話したいことがあるんだ」
「あら? いいわよ。ともやくんは? どうするの?」
「あ。おれは、プレゼントも渡したし、帰ります。ごちそうさまでした。あかり、またな」
「うん、またねともくん」
たったそれだけの会話で、あかりの両親はなにかを察したようだった。
「だったら少し、待っててもらえる? お料理タッパーにつめるから」
「いいですよ、そんな」
「遠慮しないの。水くさいぞ」
「はい。それならいただいておきます」
あかりはすでに、二階の階段に足をかけている。そのつま先にこぼれた涙に気づいてしまった。
本当に?
本当にこれが、永遠のわかれになるかもしれないのひ、こんなのでいいの?
だけど、当事者にしかわからない理由があるのもたしかなわけで。
「こっちだよ、ちかこ」
無理して出した声は、いつもよりも震えていた。
つづく