第三章:「初めての告白」
桜の花びらが舞い落ちる放課後。真希は制服のリボンを握りしめながら、由佳を呼び止めた。「ねえ、由佳……ちょっと、話があるんだけど」
由佳は不思議そうな顔で立ち止まり、真希の目を見つめた。「どうしたの? 何かあった?」
真希は深呼吸をしてから、震える声で打ち明け始めた。「私……夜尿症で悩んでるの。中学生の頃からずっと、夜におねしょしちゃうことがあって……。最近、治療を始めたんだけど、ずっと隠してきたことで辛くなってて」
由佳の表情は驚きと戸惑いが入り混じり、しばらく言葉がなかった。桜並木をくぐる風に、ふたりの間に静かな緊張が走る。
「真希……教えてくれてありがとう。私、びっくりしたけど……真希がどれだけ勇気を出したか、わかるよ」
由佳はそっと真希の手を握り、温かい声をかけた。「夜尿症のこと、知らなかったけど……それって恥ずかしいことじゃないよ。真希が辛かった気持ち、私も支えたい。何か手伝えることがあったら、遠慮なく言ってね」
真希の胸に温かいものが広がった。「ありがとう……本当に、ありがとう」
数日後。文化祭の準備は大詰めを迎え、クラスは大忙しだった。真希と由佳はペアで模造紙を貼る作業をしながら、時折小声で励まし合う。
「夜、アラームの鳴る回数が減ってきたんだって?」由佳がそう尋ねると、真希は嬉しそうに頷いた。「うん。今週は水分を少し調整したのと、トレーニングも順調で……乾いた朝が続いてるの」
由佳は目を輝かせて讃えた。「すごいじゃん! 真希、頑張ってるんだね。私も感動しちゃうよ」
真希は照れくさそうに笑い、ふたりの距離がすっと縮まったように感じた。
文化祭当日。桜ヶ丘高校の廊下は大勢の来場者で賑わい、クラス展示の前には長い行列ができていた。真希は受付でパンフレットを配りながら、ふと思い出す――あの頃、誰にも言えずにひとりで悩んでいた夜。
「いらっしゃいませ!」元気よく呼びかける自分に、真希自身が少し驚いた。
休憩時間、由佳と並んで売り物のクッキーを手渡す真希に、訪れた中学生の女の子が質問してきた。「先輩、どうしてそんなに笑顔なんですか?」
真希は優しく微笑んで答えた。「私も、前は自信がなくて……でもね、話せる友達がいて、支えてもらったから。だから私も、誰かの支えになりたいなって思うんだ」
その言葉を聞いた女の子はキラキラと目を輝かせ、真希たちに手を振って走り去った。
夜、真希は自分の記録帳にこう綴った。
今日は本当に嬉しかった。話したい誰かに届く言葉が、私の中にあった。これからも、一歩ずつ。
窓の外には満開の夜桜。真希はベッドに入る前、ライトを消しながらそっと祈った。――明日も、明後日も。ずっと乾いた朝が迎えられますように。
(続く)