第一章 憧れの高校生活と誰にも言えない悩み
16歳の真希がいまだに続くおねしょの悩み。誰にも言えず1人悩み自分を責める日々。しかし、ある出会いと手紙をきっかけに同じ悩みを持った人は自分だけではないと知り仲間と共に成長していく。3年間でおねしょは治らず卒業を迎える。同じ悩みを持つ仲間がいること、1人で悩んでいたのは自分だけではなかったことを知る。夜尿症が治ってないと知っても変わらず仲良くしてくれた友達に支えられた真希。いまだ1人で悩んでいる人の為、卒業式でまさかの行動へ
真希はこの春、憧れだった桜ヶ丘高校の制服を着て登校した。背筋を伸ばすと、胸の高鳴りと同時に、いつもの不安が胸を締めつける──夜、ベッドの中でまた、自分を裏切ってしまうのではないかという恐怖だ。
放課後。クラスメイトに誘われて文化祭の準備を手伝いに来た真希は、美術室の隅で絵の具を混ぜながら、小さく息をつく。誰にも気づかれないように、手首にはいつもゴムのブレスレットをしている。それは、ベッドのシーツに染みを作ってしまった朝、慌てて手首に巻いた細い布が元になっている。自分へのおまじないのように。
「真希、手伝ってくれてありがとう!」明るい声に振り返ると、クラスのムードメーカー・由佳が笑いかけた。鮮やかな笑顔に、真希の胸は痛くなる。由佳のように、何の悩みもなく爽やかに笑えたらどんなにいいだろう。
夜。真希の部屋は、机の上に教科書とノートが散らばったままになっている。ぼんやりと天井を見つめたあと、そっとベッドの縁に腰かけ、深く息を吐く。本当はこのまま眠りに落ちたいのに、また朝、シーツが濡れているかもしれないと思うと、胸が押しつぶされそうだ。
スマホのアラームをセットする。起きてシーツを取り替えられるよう、5分おきに鳴るようにした。何度も目が覚めるたび、そのたびに自分を責めてしまう。――「どうして私だけこんなことに」。枕元には、泣きながら書いた日記の切れ端が丸まって落ちている。
翌日、真希は保健室に向かった。昼休み、手に汗をかきながらドアをノックする。中では優しい眼鏡の養護教諭・藤沢先生が待っていた。
「真希ちゃん、よく来てくれたね。夜尿のこと、話してくれる?」藤沢先生の声は穏やかで、真希の心の壁を一つずつ溶かしていくようだった。医師の診断や、膀胱トレーニングの方法、夜間の水分調整など、一緒に計画を立ててくれる安心感――初めて、問題と向き合えそうな気がした。
それから一か月。トイレトレーニング用サプリを試し、寝る前の水分を少し控え、アラームも続けた。夜中に何度も起きるのは辛かったが、藤沢先生から励ましの言葉をもらい、少しずつ自信を取り戻していく自分を感じていた。
ある朝、アラームで目が覚めた真希は、まだ暗い部屋でそっとシーツに手を伸ばした。冷たい感触を探していたが、そこには乾いた感触があった。震える指先で何度も確認し、「やった……!」と声にならない声を漏らした。初めての、シーツが濡れていない朝。
教室で、由佳が真希の机をのぞき込む。「真希、元気ないの? 大丈夫?」いつもの笑顔に真希は小さくうなずり、心の中で誓った。
――もう、自分を責めない。夜尿症は私のせいじゃない。――そして、同じ悩みを抱える誰かの支えになりたい。
桜舞う校庭で、真希は深呼吸をした。制服のリボンが揺れる。新しい季節の始まりを、確かに感じていた。
(続く)