學校を守れ!!(第100回記念作品)
〈朝まだき靜かに濡れる猫柳 涙次〉
【ⅰ】
「泥棒と實存」脱稿で、すつかり腑抜けてしまつたテオ=谷澤景六。賞盗りレースの事は木嶋さんに任せ、テオは「をばさん」のアパートに入り浸りの每日。本当は、木嶋さん、谷澤と此井晩秋=じろさんのコラボレイト作品を世に送り出したかつたのだが、本人たちにその氣がないのでは、仕方ない。
テオは「をばさん」に、でゞこを紹介した。「おやまあおしやまで可愛い猫ちやんだね」-テオとしては「嫁と姑」みたいに、彼女らがなるのも、また一興と云ふ氣もあつたのだが(間に挟まれ苦悶する亭主役が、テオ・笑)、相手が猫では、「をばさん」もそんな事は思つてもみない。
【ⅱ】
前回、鰐革男親衛隊の銃乱射事件で、カンテラ一味が「干された」事を書いた。「干され」てゐる期間は、カンテラの金庫から預かつたカネを、金尾は「月給」として一味の皆に配分してゐた。
此井晩秋の詩が、と或る詩誌に掲載された-
季節は巡る
巡らなくては季節の意味はない
私は靜岡から届く新茶を待つてゐた
...(中略)
月給取りだつた頃を思ひ出す
私に刻印を押す事のなかつた日々
奔放なその後が
私を私にしたのだ
季節は、晩春
ほの暑い空氣が
朝 その日を豫告した...
【ⅲ】
一味が「干され」てゐる間、鰐革男の、魔界の動きは、鈍つたかと見えた。眞剣な遊戲にも似た一味vs.鰐革新体制- 一味の活躍を一番に待つてゐるのは、皮肉にも、鰐革男である- パラドキシカルな狀況にあつた、一味と鰐革、であつた。
が、それは鰐革がたゞぼおつとその日その日を送つてゐた、と云ふ意味ではない。彼は受け身でゐる事が、大嫌いな性質。丁度世田谷區の區長選挙が、その期間に重なつたので、魔界の息がかゝつた者を、その候補に送り出したのだ。
世田谷區と云へば、由香梨の通ふフリースクールが三宿にあるのだ。鰐革は手をこまねいてゐるより、一つでも嫌味な行為を、カンテラ一味にぶつけてやりたく、區長選挙を利用したのだ。
多賀昌水、と云ふのが、鰐革が推す區長候補。彼は、「この世田谷區に危険を持ち込む、フリースクールを廢校に!!」と云ふ、スキャンダラスな公約を掲げてゐた。覺えてゐらつしゃる方もあるかとは思ふが、バスジャック事件、と云ふものがあり、世間はフリースクール(他處から通つてゐる子が多い。つまり、世田谷區民にはさほど利益を齎さない)を概して厚遇してゐるとは、云へなかつた。
しかも多賀は(彼は仲本さんに取り入つてゐた。仲本さんを責める譯には行かなかつた。彼はこの件では色々面倒を引き受けなくてはならかつたので-)「証拠物件、つまりバス、に放火した、神田寺男と此井功二郎なる、無頼の徒」を擁する、カンテラ事務所を「中野に籠もつてをれば良い」と排撃、區民の中には狹量な者もゐて、他區の事は他區で、と云ふ多賀支持者は決して尠なくはなかつたのである。
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〈思ひ出は巡りに巡る戦ひの日々をし思ひまた巡るなり 平手みき〉
【ⅳ】
杵塚が、埼玉県南部に位置する、永田の住む町に、バイクで現れた。永田とツーリングの約束をしてゐたのだ。杵塚はベネリTNT125に跨つてゐた。
永田は自分にはシグナスグリファスと云ふスクーターしかないので、てつきり杵塚も、バイクコレクションの内から、シグナスRAY ZR125 ストリートラリーで來るのかと思つていたが、「あれは由香梨送迎用だよ」、と事もなげに云ふ。
だがグリファスも(結局秩父方面まで二人はライディングを樂しんだ)流石スポーツスクーターの異名を取つてゐるだけあつて、杵塚のベネリには引けを取らない走りを見せた。秩父のドライヴインで、永田は、多賀、と云ふ男の事を、杵塚から聞かされた。「それつて一大事ぢやないの!?」と永田が云ふと、「カンさんがその男、斬るつてさ」と、これまた事もなげに、杵塚は云ふ-
【ⅴ】
テオはごきぶりが大の苦手だつたが、「シュー・シャイン」とは仲良くしてゐた。流石にカンテラの使ひ魔だけあつて、一匹の蟲にして置くには惜しい男(?)だつた。今回の、多賀の一件をいち早くキャッチしたのも、「シュー・シャイン」なのだ。
テオ「あのさ、『シュー・シャイン』。多賀つて当選の見込みはないのに(區民の良識派には、彼・多賀は忌み嫌はれてゐた。泡沫候補である事は、否定出來なかつた)、何を鰐革は狙つてる譯?」シュ「私には分かりませんが、兎に角鰐革はサディスティックな奴で、弱い者虐めが大好きなんですよ」
テオは、カンテラ・じろさんが多賀を討つのはいゝにしても、カネを出すのは誰だらう、と考へてゐたのだ。校長の深見萬は良識の人ではあつたが、そんなに資産は持つてゐない。彼が井戸塀政治家の如く、自腹を切るとは考へ難かつた。
【ⅵ】
〈農具市あるよな村に生まれたく 涙次〉
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しかし、深見は、カンテラ事務所の「相談室」で、カンテラに思ひの丈をぶちまけた。「私は暴力は嫌いだが、教育の尊嚴を犯す者は、もつと嫌いだ。借金でも何でも致します。だうかこの件、カンテラさんにカタを付けて頂きたい!!」
依頼主がゐるのなら、カンテラに文句はなかつた。元々、目の上のたん瘤。杵塚の永田に云つた如く、どの道、多賀斬るべし、と思つてゐたのだ。
その夜、じろさんと連れ立つて、カンテラは、「多賀昌水選挙連絡事務所」に赴いた。じろさんは黑装束に覆面、である。と云ふ事は、彼らは本氣で多賀を斃さんとしてゐるつて事。
「ご免。多賀氏に會ひたいのだが」見れば、選挙ヴォランティアも、魔界の者で固めてゐる様子。摑みかゝつてくる雑魚どもを、じろさん、即刻鉄拳制裁した。
「待て待て、多賀は私だ。さう騒ぎを起こされては叶はん」-「問答無用だよ。騒いでゐるのは、あんたらの方だろが」カンテラ、すらりと拔刀した。
そして-「しええええええいつ!!」世田谷の閑靜な住宅地に、カンテラの氣合ひが響いた...
【ⅶ】
と云ふ譯で、シグナスRAY ZR(書き漏らしたが、賣り切れ品のオレンヂ色のモデルである)にタンデムし、杵塚に送られて、由香梨は今日もフリースクールに元氣に通つてゐる。悦美、「由香梨ちやん、校長先生は偉い人だから、ちやんと挨拶、するのよ」由「はあい」君繪もベビーカーの中から、だあだあと「行つてらつしやい」と云ひたげなポオズ。カンテラ一味が守る世は平和であつた。
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〈尊嚴は人各々で見付けろとヒーローは云ひ夜は明けなむ 平手みき〉
一件落着。鰐革はまたしても苦杯を喫した。でもこの人、懲りないんだよね・笑「次こそは!!」ぢやまた。第100回目、終はり。