初めての友人
「やーい、土ひじり!また庭いじりかよー!」
3限の授業終わり、背中で受ける、僕を煽る言葉。
僕は、聖石桜輔。しがない一般的で、ごく普通の生徒だ。
「なぁ、お前もそうおもわねぇ?」
「間違いないw」
「あ〜……はは。そうだね。……。亅
ああいう奴らが、陽キャ?ってやつなんだろうか。
いや、性格の良い陽キャに失礼だ。人を煽ることを生き甲斐にしている人間なんて、こちらから願い下げだ。
クラスメイトの言葉を無視して、僕は廊下へと出る。そして、早歩きでいつもの場所へと向かった。
今日も彼らが目一杯、僕に微笑んでいるのだから。お世話しない訳にはいかない。
「や!今日も素敵に咲いてるね。」
そう言いながら、僕は軍手をし始める。
僕の学校の裏手には、温室がある。温室内には、観葉植物や野菜、その付近には、花壇があり、そこには、メジャーな花から珍しい花が咲き誇っている。
その子達を手入れするのが庭園部。部長の僕の仕事なんだ。
「僕のアモーレ達〜!ネモフィラにチューリップにマーガレット……etc.。うんうん、ここら辺は昨日水やりしたし、大丈夫そうかな。温室の中は〜どれどれ、あ!無農薬だからかな、葉が虫に喰われてる……可哀想なギャベッツ……けどなぁ、それ程美味しいって証拠でもあるし……」
いつも通り、しゃがみながら彼らの健康状態をチェックしていると、後ろから声が聞こえてきた。
「……こんなところに、温室なんてあったんだ。」
「うわわ!?……って、あ、さっ、さっきの……。」
「うん。僕は、冠崎 翔。さっきの……君を煽るような発言に、便乗気味に同意してしまったこと、謝りたくて。君のこと、追いかけてきたんだ」
「えっ、そ、それはご丁寧に……いつものことだし、気にしなくて良いよ。
それよりごめん、僕、人に興味がなくて。クラスメイトの顔、はっきりとは覚えてないんだけど……」
少し面を食らったような顔をした後、彼はまた笑顔になりながら言った。
「君は……正直なんだね。でも、覚えてないのは当たり前だよ。というか、知らない、の方が正しい。僕、入学する前に、足の手術をしたんだ。大怪我しちゃって、入院が必要でね。
だから、この学校に通い始めたのは、つい最近なんだ。」
そうして、彼は、自分の右足をポンポンと軽く叩く。
そういえば、一週間前のHRで、先生がそのようなことを言っていた気がする。早くアモーレ達の所に行きたくて、聞き流してたけど。
「そうだったんだ……今は、大丈夫なの?」
「あぁ。元通りとまではいかないけどね。」
「それは、良かった」
「うん。……それで、君の名前、聞いても良いかな?」
「え?」
「名前、知らないから。君を土ひじり君と呼ぶ訳にはいかないし。」
「あ、え、いや……」
「……。さっきのこともあったし、聞かれるの、嫌だった?」
「そ、そうじゃなくて!その……僕に興味を持ってもらう事って、初めてだったから……動揺しちゃって。僕は、聖桜輔。改めてよろしくね、冠崎くん。」
「うん。よろしくね、聖くん。」
そうして、僕は、軍手を外した片手で、彼と握手をした。
ーーー
それから暫く、彼は度々お昼時間になると、温室という名の僕の楽園へ遊びに来るようになった。
最初は、一人でいる僕を揶揄いに来ているのかと思っていたが、来るたびに、温室内の野菜達や、お花達のことに関して質問してくれて、お手入れも手伝ってくれた。
そのことから、そんな意図は無いのだと、考えを改めることに、そう時間はかからなかった。
今日は、お花の剪定の日。事前に先生に許可を得てから、冠崎くんにやり方を教え、黙々と作業を進めていた。
「そういえば、思ったんだけど……剪定って、先生か業者の人がしてくれるものじゃない?僕達がやっても良いの?」
「庭園部の顧問の先生は、学校内の植物達は、生徒がお世話しろって方針なんだ。失敗も経験だから〜って。勿論、外の植木達の剪定は、業者の人か先生がしてるけどね。」
「……ふーん、そうなんだ。でも、意外に剪定って、楽しいもんだな。……あっ、やべ。」
「でしょ?でも、この子達にとっては大事なことなんだよ。見た目もあるけど、害虫を抑えたり、養分を効率よく使うことができるようになるんだ。」
「……驚かねぇの。」
「えっ?何が?いつもの冠崎くんだよね。……もしかして、前髪を1.5mm切ったとか?ごめん、僕、アモーレ達の変化には気づくんだけど、人間の些細な変化にはちょっと……」
「ちっげーよ!口調だよ口調!……はぁ、もう、いいか。聖は植物にしか興味がないからな。」
「口調……それって重要?人間は人間でしょ。」
「韻を踏んでんじゃねーよ!ちょっと上手いな!」
はぁ……、と溜息をつきながら、冠崎くんは、お花の剪定を続ける。
僕は、そうは言ったものの、彼が何か無理をしているという事に、薄々勘づいていた。
教室内での僕らは、決して話さない。
しかし、ふと、普段の彼は、どんな感じなのかと気になり、クラス内の冠崎くんの様子を、観察することにした。
彼は、友人達と話す際、顔の表情こそ笑顔であったが、後ろに組んだ指に視線を動かすと、親指の周りの皮を、爪でガリガリとかき、めくっていた。
それを見てから、何かしらストレスを抱えているに違いないと踏んでいたのだ。
だから、せめてここにいる間だけでも、肩の力を抜いて、気持ちを楽にしてくれたら、と思っていた。
……変だな。僕は、アモーレ達にしか、興味がなかった筈なのに。
本来の冠崎くんが少し垣間見えて、心が温かくなったのは、内緒だ。
ーーー
「お前、僕の周りを彷徨いて、うざいんだよ!あっち行けよ!」
だから、まさかこんな事を言われるなんて。
「……冠崎、くん……?」
「ッ……、」
「うわーっ!言っちゃった!言っちゃったなぁ〜翔〜!」
「あのさぁ、土ひじりくん。俺らの翔を困らせんの、やめてくんね?こっちは迷惑してんだよ。最近、コイツノリ悪ぃしさ〜。お前が無茶言ってんだろ?あ?」
そう言うと、陽キャAは、彼の肩を組み、陽キャBは僕の胸ぐらを掴み、壁に押し当てる。
キャッ、と女子の短い悲鳴が聞こえてきた。
「あ、いや……僕、は……」
チラリ、と横目で彼を見た。相手も僕を見据えている。
目を見開き、怯えた表情をしていた。
僕は、それを見た瞬間、理解した。
もう、彼に関わってはダメなんだ、と。
「……そうです。僕が、昼休みに彼にお願いして、学校の庭の手入れを手伝って貰っていました。」
「おいおい、そういうの、押し付けなんじゃねーぇのぉ?ガチだるいってw」
「翔も言ってやらねぇとダメだろ。そういうの、迷惑ですって。言わないと、いつまでも頼るよ?コイツ。」
嘘だ。本当は、彼が勝手に昼休みに来ているだけ。彼が勝手に、アモーレ達に関する質問をしてきて、勝手に、手を動かしていただけ。
「……ちょうど良かった。僕も迷惑してたんですよ。手伝いって言っても、冠崎くんは下手すぎて、花達をダメにしますから。……こんなことなら、頼まなければ良かった。」
「はぁ!?お前、手伝って貰ってその言い草かよ!」
「お仕置き、必要なんじゃね?」
陽キャAがそう言うと、陽キャBは拳を振り上げる。僕は、殴られる覚悟で、目を瞑った。
「おい!お前達、何をしてるんだ!やめなさい!」
誰かが知らせてくれたのだろうか。タイミング良く先生が入ってきてくれて、助かった。
チッ、と陽キャBは舌打ちをした後、僕を解放した。
制服の襟を正した後、冠崎くんと目が合う。
すぐに目を逸らし、先生に事情を聞かれる前に、教室を出た。
ーーー
「裏切らないのは、アモーレ達だけだよ。ねぇ、皆。」
日が暮れた放課後。あの後、僕は初めて授業をサボってしまった。
僕はその間、屈んで花壇に咲き誇る花達を眺めていた。
彼は、不器用ながらも、花達の事を思って手入れしてくれていた。決して、下手ではなかった。
僕は、残された花弁をそっと撫でる。
可笑しいな。アイツらに軽口を叩かれても平気だったのに、どうして、彼のことになると、胸がやきもきするんだろう。人なんて、どうでも良い筈なのに。
「聖!」
すると、背後から、彼の声が聞こえてきた。初めて会った時と、似たような状況。
僕は、振り向かず、そのままアモーレ達を撫で続けていた。
「……どうしたの、冠崎くん。周りを彷徨いてる僕が、鬱陶しかったんじゃなかったの。」
「……ごめん!!!!」
聞いたことのない大きな声に、身体が大きく跳ねる。
「……俺が、弱かったせいだ……。アイツらに、最近つるんでる聖に酷いこと言え、じゃないと、聖をボコすって……。言い訳にしかならないけど……。」
すると、鼻を啜る音が聞こえ始める。
「聖は、ありのままの俺を受け入れてくれた。あの時間は、俺を学校の息苦しさから救ってくれた。だからっ……」
言葉に詰まり、啜り泣く声だけが聞こえる。
僕は一つ溜息をつき、振り返ると、予想もしなかった光景に目を見開いた。
「……どうしたの、その傷」
「……え?あ、あぁ。なんともねぇよ。」
そう言うと、彼は聞き手の腕で、顔を隠し始める。彼の右頬は、真っ赤に腫れており、手当てされたのか、ガーゼが貼られていた。
昼には無かったものだ。とすると、怪我をしたのは、僕が教室を出て行った後という事になる。
「なんともなくないでしょ。誰にやられたの?先生には言った?もし先生が頼れないなら、スマホで写真を撮っておいて、教育委員会に連絡すれば、学校側も無視できな…、」
「いや、落ち着け落ち着け!……言わなくても、先生の目の前で、殴りあったから」
「は?どうして……」
見上げていた視線を下げると、彼の制服は、蹴られたりもしたのか、薄汚れていた。
「そもそも、聖を傷つけろって提案をされた時点で、アイツらと縁を切れば良かったんだ。だから、今回の件は、最初から不甲斐ない俺のせいだ。本当にごめん。」
そう言うと、彼はバッと、45度に頭を下げた。
「……。」
なんとも言えない複雑な気持ちになり、花壇へと視線を逸らす。すると、そこの青いネモフィラが目に入ってくる。暖かい風が、ネモフィラの花達の間を通り抜けて行った。
……そうだよね。僕のアモーレ。
ゆっくりと目を閉じ、再度、彼に向き直る。
僕は、右手をあげ始める。そして、親指で押さえた状態で、中指に力を込めた。
「いてっ!」
痛かったのか、おでこを両手で押さえ、半べその状態の顔をあげた。目と目が合う。
「……もう、良いよ。どうせ、僕に関わってくる変わり者は、君ぐらいなんだし。これで、僕のお返しはおしまい。」
「……、聖……。」
「……僕、人に何か言われても、全然気にならなかった。人間自体に興味がなかった。なのに、今日
、君に酷いこと言われた瞬間……、初めて、胸が締め付けられたんだ。名前を覚えられたのも、冠崎くん。君が初めてなんだよ。だから、きっと、僕は……」
そこまで言うと、僕は俯き、口を噤んだ。最後に思ったことは、言えなかった。
君のこと、友達だと思ってたんだ。
だから、認識してた。だから、口調が砕けた時、嬉しかったし、裏切られた時、悔しかったし、傷ついた。
何分か無言の時間が過ぎた後、頭上から、大きな深呼吸が聞こえる。
「……聖、……いや、桜輔。」
初めて下の名前で呼ばれ、勢いよく顔をあげる。
「お前のことを傷つけてしまったし、俺がこんなこと言える立場じゃねぇって……わかってるけど!でも……俺と、まだ、友達で、いてくれますか!!!」
僕は、目に涙が溜まっていくのがわかった。そうか。冠崎くんも、僕のこと、友達だと、思ってくれてたんだ。
涙を制服の袖で拭い、僕は、笑顔でこう返した。
「……うん、良いよ。……翔!」
彼の緊張していた顔が、安堵から徐々に緩んでいった。一粒の涙が頬を伝い、そして、小さな声で、ありがとう、と呟いた。
ーーー
どうやら、僕の授業のサボりは、状況を聞いた先生が、免除にしてくれたと翔から聞いた。
良い先生に恵まれたな、と思っていると、教室に置いてきていた僕の荷物を、翔が持ってきてくれていたようだ。
渡された鞄を受け取ると、彼は真面目な顔で口を開いた。
「なぁ、お前って、一人でいるの、怖くねぇの」
「ん?全然平気だよ。僕には、アモーレ達がいるからね!ねーっ、皆!」
そう言うと振り返り、彼らの顔を見る。
「……フ、やっぱ強いな、桜輔は。」
「……?いやぁ、僕からしたら、僕は普通だと思うけどな。」
「俺は……怖かった。人に外されるのが。」
「……」
「俺は、中学では、陸上部のエースだった。大会での優勝候補って期待されてた。けど、ある日事故にあって……、そっから、周りの態度が変わったんだ。あれがトラウマで……最初に言ったことは、半分嘘だ。また外されることが怖くて、入学早々、一週間休んでたんだよ。
けど、出席日数が足りなくなったら大変だから、当たり障りのない性格を作って、連みやすかったアイツらのグループに入った。
今だったら、なんであんな奴らに媚び売ってたんだって思うけど……」
「……そうだったんだ。」
「……こんな弱っちい性格で、幻滅したか?」
「全然?」
「え。」
「君は、ここに謝りに来て、足繁く通って、アモーレ達を知ろうとして、愛を込めて手入れをしてくれた。それも、偽っていた性格なの?」
すると、彼はゆっくりと被りを振る。
「僕が友達だと思っていたのは、そんな優しい君だよ。だから、どんな性格であっても、翔は僕の友達。」
「……はぁ、叶わねぇな。」
「まぁ、こう思えたのは、アモーレ達のおかげだけどね。」
「?どう言う意味だ?」
「さぁね。花壇にある花の、花言葉を調べてみるといいかも。じゃ、そろそろ帰ろう。もう日が落ちてきたよ。」
「え!おい待てよ、気になるだろ!」
そうして、僕が校門へと向かう後ろを、翔は追いかけてくる。再度風が、僕たちを吹き抜けた。アモーレ達はユラユラと優しく揺れ、帰路につく僕たちを、温かく見守っていた。