10 なんもわかんない
なんの期待もせずに読むのがルールの小説、略して「なんきた小説」です 。
イスにからみつくように遊んでいた足は、少しして力なく草のうえに降りる。
足をくすぐる草が、風でゆれている。
少女は何もない、ただのこんな時間が好きだった。雲が有り、草が有り、テーブルが有り、イスが有り、トースターが有り、青空が有り、自分が有り、でも他に何もない。何もしない。何もかんがえない。ただのこの時間が好きだった。
「うん」
少女は動かない。
目は閉じている。本当に気持ちが良くて、だから目を閉じているということ。
パンは少しずつ焼かれている。
少女の顔は、帽子で日陰になっていて、中では麦わらの隙間がキラキラ光っている。
ここは音楽もなく、ただ静かで広い。
帽子の下の少女を見ると、目を閉じているので、起きているのか眠っているのかは分からないが、ちょっとずつ表情が変わったりして、それはどれも幸せそう。
少女の背中の緑色のシミに擬態したかのように、一匹のバッタが止まっている。バッタはグリグリの目とロボットのような関節を動かしてよちよち歩いている。
わきまえているのか、顔のほうにはちかよらず、少女の背中から腰のあたりをチョロチョロして跳びさった。
さっき追いかけていた蝶々が戻ってくるが、それが現実か夢かさだかではないし、もう、どうでも良い。現実であるとしても、さっき追いかけていた蝶である可能性はひくいだろう。
土のなかにもいろんな虫が生きているだろうし、空中には蝶々と恐いハチが飛んでいる。確かに静かだけど、土の中は動いていたり、空中も動いていたり、少女のおなかも「ぐー」といったりしている。
蝶々が飛んで、バッタが跳んで……この1秒の濃密さがわかるだろうか?
どうかあせらずゆっくり、考えて、思ってほしい。
本当に、今、ハチが飛んでいるんだ。世界で。
これは蜜を集めるためで、ほんとうにそうで、ゆっくりとはばたいている。
世界が、この1秒をのんびりと笑っている。
パンを焼いている。
空は晴れていて、パンを焼いている。
草は緑でにおい、風もあるし雲もある。白く光っている。あと…しょうじょは寝ているのだろうか?起きているのだろうか?しあわせそうに目をとじていることだけは確認できる。
麦わら帽子に守られた横顔より、それをおさえている左手や、テーブルに投げ出された右手などの方があついに違いない。
この瞬間、風は止まっていて、しょうじょは、
「んー」
といって「風がふきますように」と思った。夢で思ったのか?違うのか?そしてじっさい風がふくわけだが、なぜ、しょうじょの願いはかなうのかというと、しょうじょは、少し待てばたぶん、風がふくであろうことを知っていたから。それをお願いしたってこと。計算高いとかじゃなくて、しょうじょが風に感謝をしているというお話。
なんでもない風に。
そんな感謝は、もちろん自分のためにやっているわけではないが、自分のためになっているのかもしれない。
しあわせそうに目をとじているので、そう思える。
イスはうつくしい白で、使命として、しょうじょをしっかり支えている。テーブルも白くて、形にしても、そのシンプルさが良い。
そういう形。
トースターも、あいかわらず世界を体に映していて、ここがもし二次元ならば、うつったそれもまた真実なのか?
緑の笑っている花は、水筒のフタの中で、その水面にいつまでもずっと、小さな波をつくりつづけている。水面に反射した光が、ゆれながら緑の花を輝かせていて、だから笑っているのかもしれない。
皿はつやつやのピカピカで白く、発泡スチロールとその中で眠っているよういしゅうとうは、ただ静かでじっとしている。
カバンはだらしなく口を開けていて、延長コードは一番の年長で、凛として立っている。
テーブルの下の日陰はすこし動いただろうか?
しょうじょはこんな、何もないじかんが好きだった。雲があり、草があり、テーブルがあり、白いイスがあり、トースターがあり、空と雲があり、風があり、自分があり、世界があり、でも他に何もない。ただのこの時間が好きだった。
しょうじょのみぎては、だらりとしたまま、いまは親ゆびだけ水筒のフタにふれていて、ながれてきた水滴に濡れるままになっている。




