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88話 選手たちの昇天

 頭の奥底が痛み出したのは、前哨戦《プレファイト》の最終第5試合のことだった。

 それは、これまでに経験したことのない感覚だった。普段なら肉体の不調は腹に出るタイプなのだが、このときは頭だった。

 それも厳密には、ただの頭痛ともいえなかった。

 しいていうなら、その奥――脳髄が、電流が走るがごとく、ぴりぴりとした嫌な痛みを訴えていた。


 もちろん、そんなものを気にしている場合ではなかった。

 今の俺は、どうにか画面に集中できている。

 状況は、そう悪いわけではなかった。

 ここまでの第4試合を終えた結果、俺たちのチームは、全体8位の位置についている。だが、これは安心できる位置とはいえなかった。

 前哨戦における必須要件は、総合10位以内に入ること。ボーダー付近の獲得ポイントはかなり拮抗しており、この最終試合の結果次第では、ごっそり順位が入れ替わってもなんらおかしくはない。


 度重なる会議を経て、俺たちの立てた作戦は功を奏したといえる。

 それは二段構えの戦法で、うまく保険をきかせられている作戦だった。


「たぶん、えぐいくらい中ムーブだらけになって、どのチームも消極的な動きになると思うんだ」


 というのは、事前の作戦会議における赤城さんの読みだった。

 それは、校内予選のときの反省点を活かすような内容だといえた。校内予選もまた、総合1位ではなく、5位までの入賞をめざすかたちのルールだった。

 普段とは違うクリア目標が掲げられていることで、赤城さんが振り回されてしまっていたのは、たしかに事実だったといえる。


「勝とうとするんじゃなくて、負けないようにするっていう戦い方をしようとすると、本来動くべき場面でも動かないチームが増えるんだと思う。だから、それに合わせた戦法を取ったほうがいいかなと思って」

「具体的には、どういう作戦だろうか」

「うん――あのね、はじめの第1,2試合は、これまでどおりの編成で、けっこう手堅くやろうと思うんだ。つまり、ほかのチームのやりかたに付き合うようなイメージね? で、それで全体5位に入れるくらいポイントが稼げたら、とりあえずはおっけー、問題ナシ。でも、もしもちょっとポイント足りないなってなったら、編成を変えて、攻撃的にプレイするってイメージ」


 赤城さんの作戦は、かなり細かいところまで詰まっていた。

 第1,2試合で、俺たちはまず、敵チームの編成を頭に叩きこんでおく。

 そして敵グループを、総合順位をもとに「防御派」「攻撃派」に分けて、周囲にいるのが防御的なチームのみだったときは、漁夫を警戒せずにファイトを仕掛ける。


 それは、ルシオンのキャラクタークラス以上に、しっかりとマッチ中の役割《ロール》が振り分けられた戦法になるはずだ。

 ゼファーのウルトを使って、比較的安全に攻めこんでキルを掠め取る、攻撃役の赤城さん。

 単身で斥候の役割を果たして、周囲のチームの情報を吸い取ってくる、調査役の翠。

 そして――ふたりが危機に陥りそうなときは、離れた場所からサポートして守る、支援役の俺ということになる。


「いいんちょくんの視野の広さなら、やれると思う。あたしと違って、ほんとに広くフィールド全体をみることができるから……だから、お願いしたいなって」


 そう頼まれては、断ることなどできようはずがなかった。

 大変な仕事ではあるが、赤城さんの訓練のおかげもあって、どうにか要望に応えられるだけの射撃をおこなうことができると信じて、俺はうなずいた。


 結果として、俺たちのチームは第3,4試合で、キルポイントの荒稼ぎを果たした。

 そのときに得た順位ポイントもあいまって、現在は通過圏内に位置している。


 そして今――続く第5試合では、はじめのキャラ編成に戻してあった。

 理由は、きっと《《メタが回る》》からだというのが、赤城さんの読みだった。

 つまり、相手がさらにこちらの裏をかこうと動き出すだろう、ということだ。


 その予測もまた的中していたといえる。

 上位チームの不動をいいことに、好きに場を荒らしているチームがいる――そう認識して、ほかのチームもそれに合わせた編成とムーブに変えてきていた。

 なにより、最後はボーダーに乗れていないチームが暴れ出す可能性があるから、防御に振った編成にしておくほうがいいという判断でもあった。


 以上を踏まえて――やはり、と俺は思う。

 赤城さんのゲーム全体に対するマクロの読みは、ほとんどプロ級だ。

 このひとのゲームセンスは、今や相当のところにあるといっていい。


「いいんちょくん。この安置……どう思う? やっぱ、今行くしかないよね?」


 第5試合のラウンド3、次の安全地帯が表示されたタイミングで、赤城さんがたずねてきた。

 マップを開いた俺は、周囲の状況を鑑みて、あらゆる可能性を考慮した。

 ……あまり、いい状況とはいえない。

 ここにきて、今回のマッチの物資運の悪さが出てしまっている。うまくどこかしらのランドマークに入りこみたいものだが、おそらく、ブロンドレイクにいる敵パーティも、同じ場所を狙っていることだろう。


 そして、その敵となるチームは――さきほどのキルログと照らし合わせるかぎり、おそらく海谷ララさんのところだ。

 彼女と、交戦しなければならない。

 学校の人間と。委員長であるにも、かかわらず。


 ズキンと、俺の頭の奥底が痛んだ。

 思わずマウスから手を放しかけて、俺は握り直した。


 意識するな、と自分に言い聞かせる。

 少なくとも、今だけは。試合の最中だけは。


「聞いてた? いいんちょくん」

「……ああ。ファイトは、仕掛けたほうがいいだろう。もたもたしていると、リングの縮小に合わせてパーティが集い、乱戦になってしまうだろうから」

「だよね。よっし――じゃあ、おっきい勝負、仕掛けよっか」

 

 赤城さんが、モニターの隣に置いている、お守りだという旗に触れた。




   ***




「うあーーー、なんだよこれー。LC、潰し合いになるじゃーん」


 観客席の片隅。

 巨大な観戦モニターを眺めながら、多々良《たたら》柚子《ゆずこ》はブーブーと不満の声を漏らした。

 ハデな彩色の髪に、夏場でも着ている黄色いカーディガン。ある意味、愛莉よりもわかりやすいギャルキャラで売っている、タタの愛称で知られる配信者である。


 本日、タタは応援のために会場をおとずれていた。

 周囲を固めているのもまたLC学園生だ。限られた観戦チケットを抽選で手に入れた、運の強い者たちである。

 タタと同じ2-Aの生徒は、合計で十人ほどであった。


 今、実況モニターでは、愛莉のチームが敵とぶつかろうとしている。

 その相手は、同じくLCの海谷ララのチーム。

 おとといのRevenant部門で栄えある優勝を飾り、はやくも国内のeスポーツニュースでは話題沸騰となっている、健康優良系の女子ゲーマーである。


「あーあ。アタシも出たかったなー、電甲杯。ララっちとか、ずっとめだちまくりじゃーん。いーなー、チャンネル登録者10倍とかになんだろうなー。なーんで音ゲー部門はないんだろーなー」

「タタ、声でかいよ。あんまはずかしいこと言わないほうがいいんじゃない」

「てか、《《とわ》》はさっきからスマホでなにみてんだよ……ってオイ、格ゲーじゃんかよお!」


 タタのとなりでは、現役の格闘プロゲーマーの瀬波《せなみ》十羽《とわ》が、おとなしく座っていた。さっきからあまり反応がないと思ったら、スマホでコンボムービーなんかをみていた。

 こちらの髪は黒色だが、赤いメッシュがところどころに入っており、どことなくバンギャのような印象を与える女子高生である。


「この格ゲー中毒患者! こういうときくらいダチの応援すんだぞー!」

「ごめんごめん。昨日、緊急でアプデ入ったから、だいぶコンボルート変えなきゃいけなくて。あとほら、ルシオンって、動かないときはあんまり動かないからさ」

「それこそ今、ちょうど動き出したとこだって。ほら、愛莉がばかすか弾撃ってるとこじゃん。って、なんだよあのトラッキングエイム、えぐすぎだろー。あの距離であんな当てる武器じゃないだろ、あれー」


 ルシオンも齧っているタタが愛莉のプレイを褒めるとなりで、十羽はよくわからないままに首をかしげていた。十羽のほうは、格ゲー以外のゲームにかんしてはからっきしで、タタの使っている用語の意味がわからなかったからだ。

 それでも、愛莉の操るキャラクターの弾がかなりの命中率であることは、なんとなくわかった。その証拠に、実況が大きく声を上げる。


『QB_Airi――――ッッ!!! ここで自慢のエイム力を発揮しましたァ!! このだいじな局面で、先行のワンキルを取る――のみならず、スキル〈アドレナリン〉を切って、爆速のキャラコンで敵に詰めていますッ! パッシブの効果もあいまって、こうなったときのマレイユはもう止まりません……!』

『いやーー、すごいですねw 単純な火力だけでいったら、プロチームのDPSと比べてもまったく遜色ありませんね。さすが、"火力特化型ギャル"の異名は伊達ではありません』


「すげー。愛莉、プロ並みだってさー。プロなんのかなぁ、やっぱ」

「なれるかどうか決まるのが、この電甲杯なんでしょ」


 十羽が、そこの売店で買ったMサイズのなっちゃんを手に取ったときだった。

 タタを含めた周囲のLC生が、驚愕と動揺の声を上げた。

 それ以上に、実況が大きく叫ぶ。


『っっとぉ――――――!!! なんとここで、Airi選手が《《ダウン》》! Revenantチャンピオン、kaira選手が返したかたちか! これは――なるほど、すばらしい! 敵の動きを読んで、正確に罠を張っていた模様です。最後のマッチ、爆弾設置キャラであるボンペイに変更して、防御に振った戦法が功を奏しているといったところでしょーか』


「え、やばくね」「愛莉、ダウンしたけど」「ここで負けたら点数たぶんきついぞ」

「キャー♡ララセンパイ、がんばってー♡」「いいぞ、押し返せ!」


 LC生の、悲喜こもごもの声がする。爽やかな外見とさっぱりした性格の海谷ララは、もともと後輩女子を中心に校内でも人気の存在だったが、先日の優勝を受けて、ファンガールたちはさらに熱意のこもった応援をしているようだった。


「うあ、これやばくねーかー?」


 タタは画面のなかで倒れる愛莉のキャラをみて、心配に目を細めてしまった。


「そうなの? まだ2対2じゃん」

「そーなんだけど、ルシオンだと、こういうときはアタッカーが残ってるほうが強いんだよ。単純に、火力差が出るから。てか愛莉のチーム、愛莉以外はゆーてそんなにって話だったし、このままやられっかも」

「そうしたら敗退するわけ?」

「んー、あるんじゃね? まだ12部隊も残ってるし、ワンチャン総合11位以下になるかも」


 ワイプ画面に、苦い顔を浮かべている愛莉が映る。

 その直後、チームメイトである委員長の操作に、観戦画面が移った。

 使っているのは支援キャラのフィラリアであり、採用しているスキルもまた、戦闘に特化したものではない。味方のチェリーパイはまだ離れた場所にいて、頼みのウルトはリキャストが終わっていない。

 対して、残る敵は二枚。

 正直、これは終わったかとタタが思った、その次の瞬間。


「…………は? 委員長、うっっっまくねーーー???」


 屋内戦、一瞬だけピークした敵の頭を、フィラリアが正確に撃ち抜いた。

 置きエイムの読みが当たっていたのもあるが、ほんの瞬き一回分のあいだにエイムを補正して、敵からヘッドショットの大ダメージを取る。

 攻撃が成功したとみるやいなや、躊躇なく詰めてワンダウンを取った。ノースキルでの攻防としては、ほとんど百点の動きである。


『おおおーーーっっ。さきほどから非常にいい動きをみせています、Quiet BearSのAguma選手! これで状況は逆転……かと思いきや、裏手に回っていたkaira選手が、QB_Sui選手からダウンを奪います。これで、純粋な1on1となりました!』


 残るは、海谷ララと委員長の一騎打ち。キルポイントの後押しもあって、勝ったほうはかなりの確率で最終戦への通過が決まるマッチアップだ。

 周囲が出す名前は、海谷ララか、赤城愛莉の二択となっている。

 いや、今戦ってんのは愛莉じゃなくて委員長だろーとタタが内心でツッコミを入れていると、


「亜熊くん、がんばって……!」


 タタからみて右側――十羽の反対側に座る女子が、祈るようにしてつぶやいた。

 彼女の長い前髪のあいだから、やけに澄んだ瞳がモニターをみつめている。

 同じクラスのおとなしい女子、石上由奈だった。

 得意遊戯(ゲーム)がテトリスという、変わった女の子である。


「へー。由奈たそ、委員長の応援しとるんかー」


 なにげなく話しかけたタタに、石上由奈はびくっと跳び上がった。


「え? あ、はははは、はいいっ!」

「なるほろねー。由奈たそ、だれの応援に来てんだろと思ったら、なるほろなるほろ。なーなー、どーして委員長なんだよー? 言ってみろよー」


 相手を肘で突いてからかうタタに、べつに悪気はない。


「どどど、どうしてって。ああ亜熊くん、いいいつも、わわわたしなんかによくしてくれるし……だだだから、応援を……」

「ほーん。たしかに委員長、将来謎にスパダリになりそうオーラあるしなー。アタシも狙っとこっかなー」

「ええええっ!? ねね狙うって、わわわたしは、そそういうつもりじゃ……!」

「タタ、あんたこそ集中して観戦しときなよ。――ほら、たぶんもう、決着つく」


 戦場となっている屋内に、大量の爆弾がばらまかれた。

 海谷ララの操るポンペイの、攻撃型のアルティメットである。

 いちどに多数のグレネードを投げるようなもので、こうした屋内戦では、唯一無二の破壊力を有している。

 それに対して、相手のフィラリアは――。


『こ、れは――? 画面が……!!?』

『すばらしい――――ッッ!! 一瞬のことでしたが、Aguma選手、逃げ場がないとみたか、優れたキャラクターコントロールで壁を蹴り、梁の上に脱出しました!! 意気揚々と乗りこんできたkaira選手、敵の姿を見失っています!!』

『なるほど……! ああやって壁ジャンでのぼると、ああいった画面になるのですね。一瞬、バグったのかとw』

『コントロールそのものよりも、あの一瞬で最適な行動を選べた判断力がすごいですねー。いやー、いい選手ですよ、これは!』


 委員長のフィラリアが、天井の近くから海谷ララのポンペイに銃口を向ける。

 その瞬間、


「……亜熊くん、なんだかすごくつらそう……」


 石上由奈がみていたのは観戦画面ではなく、選手席で戦っている委員長の姿だった。

 その顔には、鬼気迫るものがあった。

 眉間にちからが入り、唇を噛んでいる。

 まるで、なにかを必死に耐え忍んでいるかのように。


「うあ、ほんとだ。委員長、どっか体調悪いんかなー?」

「……かもしんないね。これ終わったら休憩だっけ? 試合中にどっか痛むとほんとつらいからね」


 ジャンルは違えど、プロの競技者である十羽が同情する。

 観戦モニターから、銃声がした。実況者の盛り上がる声と、LC生たちの驚きの声が、会場内にとどろいた。

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