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6話 珈琲よりはミルクティー

 あたりまえだが、放課後なんてすぐにおとずれてしまう。


「みなさん、きょうもたのしくお勉強できましたか~。居眠りしていた子は、後日きちんとビデオ授業を受けておいてくださいね~」


 ふわふわとした声で、担任のイヨちゃん先生が終礼をおこなっていた。


「夏休みも近いですが、みなさんあまり羽目をはずしすぎないように。とくに電甲杯の出場予定の子たちは気をつけて、練習はせいぜい一日十時間にしましょうね~」


 はーい、と教室から声があがる。

 あらためてすごい学校だ。普通は一日一時間だろう。いやまあ、俺も放っておいたら十五時間くらいは平気でやってしまうのだが。


 ホームルームが終わると、俺はまずルーチンを守った。

 教卓に向かい、先生にたずねる。


「先生。放課後は、なにかお手伝いできることがありますか」


 頼む、なんでもいい、なにかあってくれ。

 そうしたら、それを口実に逃げることができるかもしれない。


「亜熊くん。ううん、大丈夫よ~。ひょっとしたら、来週はちょっとお願いすることがあるかもしれないけど」


 現実は無情だった。


「来週ですか……。今週ではなく」

「うん。ほら、夏休みには、去年もやったお勉強の特別合宿があるでしょう? 亜熊くんには、あれの説明会の準備を手伝ってもらおうかなぁって」

「わかりました。俺でよければ、ぜひ」

「ありがとうね~。でも、もう一学期もそろそろ終わりだからあまり無理しないでね」


 イヨちゃん先生がぽわぽわした足取りで出て行った。

 振り向くと、クラスメイトたちが一斉に下校していた。

 そのなかには、赤城さんの姿もあった。友だちといっしょに教室を出ようとしているところだった。

 俺と目があうと、彼女はぱちりとウインクをしてきた。


 ひょっとすれば朝のことは幻覚だったのではないかという俺の希望は、それでとうとう潰えることとなった。

 赤城さんは適当なところで友だちと別れて、例の場所へと向かうのだろうか?


「ねー、委員長。ルンバ取ってきてー」


 残った俺は、掃除当番のクラスメイトにそう頼まれた。

 委員長の特徴その3〈当番じゃないのになぜかいっしょに掃除する〉をやる。

 いつもどおりのことなので、向こうもためらいなく頼んでくる。


 こういうことにかんして、とくに嫌な気はしなかった。委員長としてわかりやすい役割ロールを果たしているときほど、心安らぐこともないからだ。

 それどころか、きょうばかりは嬉しいまであった。

 用事があとになればなるほど助かる。

 ああ、このまま無限に掃除が続けばいいのに……。

 窓の乾拭きをしながら、俺はそんなことを願った。




 当然、そんな願いが叶うはずもなく、掃除もすぐに終わってしまう。

 放課後、俺はとぼとぼした足取りで学校を出た。

 まだ待ち合わせ場所ではないというのに、校門付近できょろきょろと挙動不審に周囲を眺めてしまう。

 待ち合わせをしているらしい人間はちらほらいたが、赤城さんの姿はなかった。


 うちの高校は、正面口が旧山手通りに面している。

 目黒区の好立地にあって、学校を出て右に向かえば渋谷の神泉、左に向かえば代官山駅、正面に向かえば中目黒駅だ。

 そのため、下校する生徒たちは、三方に分かれることになる。

 最寄りは代官山駅であるため、比較的ひとが多く流れていくのは左側だ。俺はその集団に混じると、しばらく表通りを歩いた。


 あまり考える時間すらなく、目的地はすぐにみえてきてしまう。

 蔦屋書店は、うちの生徒にとって放課後の暇潰しに使いやすい場所だ。

 ここはスタバと提携している本屋で、注文して席に座りさえすれば、棚にある書籍やら雑誌やらを好きに読んでいいというサービスになっている。

 もっとも、漫画のたぐいは置いていないのだが、かわりにファッション誌などが多いため、とくに女子生徒たちがこのんで使っているようだ。


 いずれにせよ、俺にはあまり縁がない場所だ。

 俺は、委員長の模範的な行動のために教室でぱらぱらと本をめくっていることはあるが、それらはどれもばあちゃんの本棚から拝借した古い小説で、自分で購入する必要はないからだ。

 スタバも使わない。よくわからなくてこわいからだ。

 だが、きょうばかりはそうも言っていられないかもしれない。


 委員長という生き物は、果たしてスタバでなにを頼むのだろう。

 ブラックコーヒーだろうか。苦くてあまり好きじゃないが。

 いや、赤城さんはたしか奢るとか言っていなかったか? 同級生に奢られるというのは委員長として適切な行為ではないはずだ。断るべきだろう。


 ……赤城さんは、本当にいるのだろうか。


 俺は戦々恐々とした心持ちで入店した。

 平日の午後はお客さんが多かった。

 きれいなお姉さん、ロン毛のイケメン、LC生、かっこいいお姉さん、LC生、かっこいい白人男性とその奥さんらしき女性、LC生、やけに洒落たじいさん……。

 合計三棟から構成される蔦屋書店の、いちばん奥へと向かう。

 俺はエスカレーターに乗った。

 初めて行くフロアだから、着いてみて驚いた。


 二階は、どうやら電子製品の販売所だったらしい。

 最新のAV機器や卓上のLEDライトなどを筆頭に、いかにも高価そうな商品が、スペースを贅沢に使って陳列されている。

 スタバの席もあった。下のフロアと違って、席はけっこう空いていた。

 俺が周囲を見渡していると、


「ここ、いー穴場でしょ。この時間なら大体座れんだよねー。いいんちょくんもこんどから使ったらいーよ」

「ゆわっぁ!」


 突然話しかけられて、俺は委員長らしくない奇声をあげてしまった。

 振り向くと赤城さんがいた。


「お、驚かさないでほしい。寿命が縮んだ」

「……ゆわぁ、ね」


 なぜだか考えこむような顔をして、すぐに赤城さんは表情を戻した。


「ま、いいや。ね、向こう座ろ? 席、とっといたから。メロンフラペでよかった? この六月の新作なんだって。あたしもまだ飲んでなかったんだよねー」


 角の目立たない席に、赤城さんのスクールバッグが置いてあった。それと、やけにでかい緑色の飲み物も、ふたつ。

 断るとか断らない以前に、すでに用意されてしまっていたようだった。


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