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22話 角待ちを許すな

 週が明けて、月曜を迎えた。


 俺は、身支度を進めていた。夏服を第一ボタンまで締めて、鞄のなかを確認して、寝癖がないか確認する。

 最後にメガネをかけると、俺は玄関にかかった時計を確認した。

 普段よりは遅い時間だ。が、これは意図してのことだった。いくら委員長といえど、病み上がりの登校時間は早朝でなくてもかまわないだろう――そう判断して、普段よりもめざまし時計の時間を少しばかり遅らせていた。

 そのおかげか、普段よりも頭が冴えている気がする。

 本日は、クリアしなければならないタスクが多い。昨晩の赤城さんとのゲームの影響が出ていないか心配だったが、これならばなんとかなるだろう。


 ブブ。

 俺が革靴を履いたとき、スマホが震えた。

 どうせ翠だろうと思って画面に目をやって、俺は眉をひそめた。


愛莉:おっはろー!

  :いいんちょくん まだ家?

  :通学のときは西郷山公園って通ったりする??


 赤城さんだった。

 いったいどういう質問だ? と思いながらも、フリック入力した。


俺:おはよう、赤城さん。今は家だ。公園もいつも通っているよ

赤城さん:それで大通りのほうの出口に出るかんじ?

俺:ああ

赤城さん:りょピ~!


 ……りょピとは?

 相手の意図がわからないまま会話が止まってしまったが、とにかく俺は家を出ることにした。



 

 俺の家は、坂の真ん中に建っている。

 目黒区青葉台の、山の手と下町のちょうど境目だ。坂をのぼれば代官山駅や恵比寿駅がある山の手、くだれば下町となる。下町のほうの駅は、中目黒駅だ。

 今となっては中目黒《ナカメ》もおしゃれ街として有名だ。実際に俺が行ってもなにもやることはなくて、ばあちゃんの好きな洋菓子を買ってくるだけの場所となっているが、近所の人いわく「むかしは本当に下町だった」とのことらしい。


 ともあれ、LC学園があるのは山の手。つまり、坂の上のほうだ。

 俺は、毎朝のようにこの激坂を登っている。そして習慣として、途中にある公園を通って学校に向かっていた。

 それが西郷山公園だ。西郷隆盛の弟だかなんだかが、よくわからないがなにかをした公園とのことらしい。

 公園とはいっても、あまり公園らしい見た目ではない。説明がむずかしいが、どちらかといえば、ただの高低差のある遊歩道といった趣だ。


 それでも、俺はこの公園が好きだった。かりに学校までのショートカットじゃなかったとしても、進んでここを使っていたような気がする。

 数年前まではまだもう少し遊具があったのだが、今では撤去されてしまっていて悲しい。小学生のころは、同級生たちにみつからないようにして、よくあのあたりで翠といっしょに遊んでいたものだ……


 などと、まるで老人のように目を細めて俺が歩いていると。

 向こうのベンチ。

 ふたりがけの木製の椅子に、よく知っている人物がいた。


 赤城さんだった。


 コンビニ袋から伸びたストローを口にして、スマホを操作していた。声は聴こえないが、なにやら鼻歌まじりのご機嫌のようにみえた。

 俺の足音を聞いたのか、こちらに目をやる。


「あ、いいんちょくん! おは――」


 彼女が言い切る前に、俺はすぐ左にあった公衆トイレに直角に曲がった。


「って、なんで!?」


 扉の外から聞こえる声を無視して、俺は頭を抱えた。

 なぜ、どうして赤城さんがここにいる。さっきのラインか? いや、冷静に考えてそうに決まっているだろう。なぜ俺は意図も読まずにスルーしたのか。ぜんぜん冴えてないじゃないか、この頭。


 俺は鏡と向き合い、自分の目をみた。

 即席の儀式が必要だ。心の準備を済ませなければ、とてもじゃないが不安でギャルとなんて話せない。

 ——いけるか?

 ——いける

 慣れた場所ではなかったが、俺の呼吸は急速に落ち着いた。いわばインスタント変身といったところか。


 俺は扉を開いた。目の前には、呆然とする赤城さんがいた。


「やあ、おはよう。赤城さん」

「ん、うん……お、おはよ~」

「? どうしたのかな」

「やー、なんかいいんちょくんの動きが不自然だったから、それでちょっと驚いただけ、っていうか……」


 まあ、普通そういう反応になるだろうな。


「もうしわけない。家で入ってくるのを忘れて、ここのを借りようと思っていたんだ」

「そのわりには早かったけど……って、や、やめよっかこの話。どーでもいいしね」


 たはは、と笑う赤城さんをともない、俺たちは公園を進んだ。


「それよりも驚いたよ、まさか赤城さんがいるなんて」

「えっへへー。あたし、昨日なんだか興奮してうまく眠れなくってさー。めずらしく早起きになっちゃったから、どうせならいいんちょくんでも待ち伏せしよっかなーと思って。キモキモ角待ち作戦成功かな~!」


 角待ちというのは、FPSの用語のひとつだ。

 その名のとおり、物陰になっている建物の角などで入り口を張って、敵がきたら奇襲するという作戦だ。一般に、あまり好まれる戦法とはいえない。


「眠れなかったというのは?」

「えー? そんなの、きょうからチームメイト探しがはじまるからに決まってんじゃん! そしたら本格的に練習できるし。あたし、めっちゃスキル構成考えちゃったー。あ、てかノートみる? マジやばいよ、長文すぎてたぶん引かれるw」

 

 ニコニコとそう語る赤城さんの弁を聞いて、嬉しいというよりも重圧を感じてしまったというのが正直なところだ。

 俺には、俺がそううまく働けるとは思えていない。

 だが、そんなことを正直に打ち明けられても困るだけだろう。俺の委員長フェイスは不動だった。


 そんなことよりも、俺はここにきて一抹の不安を覚えていた。


「でさー、あたしが思ったのって、ようはあたしが前線張ったほうがいいんじゃないかってことなんだよね。いいんちょくんって、フィジカル以前にまず場所取りの能力もすごいじゃん? だから安置読みと射線のキープを――」

「でも一応べつの案も考えていて、たとえばいいんちょくんがメレン使ってキルを取りに行ったり、あとたまに使っていたゼファーで荒らしに行くみたいな手法を取るんだったら、それこそあたしがチェリーとかピックしてさ――」

「最近のはやりって三枚ともサーチ系で引きこもったりするやつじゃん? いいんちょくんも今年の世界大会みてたっしょ? あのダブエルのド寒い戦法、個人的には好きじゃないんだけどさすがに強かったくない? あれ、アプデ入る前にさ――」


 ぺらぺらとルシオンの話をし続ける赤城さん。

 旧山手通りに入り、周囲にLC学園の生徒が増えてきても、かまわずに話し続ける。

 校内一、二を争う有名人の赤城さんと、校内一、二を争う無名人のモブ委員長がともに歩いているというだけでかなり人目を惹くというのに、そのよく通る声で語っているのがゲームとなると――。


 俺の委員長筋が、どうにも痛み出す。


「赤城さん、ちょっとこっちに」

「え、なになに? いいんちょくん??」


 俺は、路地に赤城さんを引っ張った。ちょうどいい電柱の陰を使い、赤城さんを通りの衆人から隠す。

 傍からみれば俺しかいないように映るよう、赤城さんを壁に追いやった。


「え。これ。え? か、かか壁ドン??」

「——赤城さん、提案がある」


 かつ、聞かれないように小声で、俺は囁いた。


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