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大司教様編開始です

 まだ自分が教会の司祭という階位だった時、仕事で信徒の話を聞く相談業務をしていた。

 相談業務では信徒からの悩みをただ聞き、否定せず受けいれ、必要であれば適切なアドバイスをする。

 その業務で、信徒から言われたことがある。



「一度でいいからたくさんの人から好意を持たれたいなぁ。」



 明日の天気は晴れだといいな、みたいな軽い気持ちで言ったと思わしき、信徒の言葉。その内容が聞き捨てならず、私はつい真顔で信徒に問いかけてしまった。



「不特定多数からの、自分が好意を返すつもりのない相手からの、欲しくもない好意でも……ですか?」



 常に笑顔でいることを心がけていたというのに、声のトーンが落ち、冷たい物言いになる。恐らく私の目は笑っていないだろう。

 私の返しに彼は私の言っている意味が少々理解できなかったのかぱちくりと何度となく瞬きをすると、



「そりゃあ、男なら夢でしょう。女性からモテてモテて仕方ないなんて、言ってみたいもんです。司祭様のような美しい容姿なら、ありえる話かもしれませんがね?」



 よくある茶髪で平凡な容姿の彼は、私からの棘にはまったく気づかず、ガハガハと大きく口を開けて笑った。

 そんな彼に改めて表面的に笑顔を作り直すが、心の中では彼に向かって口角の片方を上げて卑屈に笑っていた。

 そんなもの、夢でもなんでもない。

 そんなもの、自分は欲しくなかった。

 男がいうソレは、自分にとって呪いでしかなかった。

 私は無意識に服の内側につけているネックレスを、服の上から押さえた。

 信徒の言葉から幼い時の嫌な出来事を想起させられた、苦い思い出だった。




 私は25年前、とある伯爵家の三男として生を受けた。父から受け継いだ端正な顔立ち、母から受け継いだ青銀髪。瞳は両親の色を受け継がず、当時は淡い菫色で、祖先の誰かの色が出たんだろう言われた。



「ほんとに坊っちゃまは美しい容姿でかわいらしいですよね。」



 側仕えの執事や侍女が言っているのを聞くたび、



「男なんだから可愛いじゃなくてかっこいいって言って!」



 と頬を膨らませて怒ると、微笑ましいものを見るように皆が目を細める。

 口では嫌だと言ってはいても、実はかわいいと言われて嬉しかった。かわいいと思われるということは、皆から注目されて愛されているのだと無意識に理解していたから。

 家の後継者ではない三男ということや、まだ5歳になる前の子どもであることも加味され、多少の無作法は目溢(こぼ)しされていた。だからこそ、執事や侍女と距離が近くても、家族からは何も言われなかった。

 皆からの愛情を一身に受けたいと望む、矮小で、幼い子どもだった。



「今日は教会で5歳の洗礼の儀ですね。お祝いのごちそうが用意されるみたいですから、楽しみになさっていてください。」



 日が昇る前から湯浴みをさせられ、窮屈な首の詰まった衣服を着せられ、眠たいし、嫌で嫌で仕方がなかった。鏡の前で眠気でうつらうつらとする頭を(くしけず)られていると、鏡越しに側仕えの侍女がニマリと笑む。その侍女は自分の乳母の子で、自分の専属としてつけられていた娘だった。



「チョコケーキもある?」



 ほんの少しの期待も込めて尋ねると、侍女はどこか得意げに笑う。



「執事や侍女達からの連名のプレゼントも用意してますよ。」



 こっそりと耳元で囁かれ、その吐息のくすぐったさにふふと身を(よじ)る。

 それは伯爵家で過ごしていた時の、幸せの絶頂だったと今では思う。




 洗礼の儀は貴族と平民は部屋を分けて行われる。

 当時、同じ教会の同じ部屋で洗礼を受ける予定だったのは自分も含めて30人の貴族令息と令嬢だった。

 国への貢献度と貴族の家格で洗礼をされる順番が早くなる。

 私はちょうど真ん中、15番目くらいに呼ばれる予定で、両親と今か今かとその順番を待っていた。

 洗礼が終わった者達が、家族と談笑しながら教会を出ていくのを見送る。

 7番目の男の子が洗礼を受けようとしたタイミングで、何故か教会の職員から洗礼の列から外れるように促され、家族ともども教会の奥へと招かれた。



「ご両親はこちらへ、ご子息様はこちらへ。」



 教会の職員は、隣同士の別々の部屋に両親と私を案内しようとした。

 そんな教会の職員に対し、最初こそ両親は離れ離れにされないよう抗議しようとした。けれど職員が両親に手紙らしきものを手渡したところ、中身を見た両親が体をこわばらせて息を呑み、態度を180度変えた。



「後で行くから、お行儀よくね。」



 そこには、嫌だなんてわがままを言えない圧力めいた空気があった。

 両親に頭を撫でられて、優しく背を押され言われるまま、案内された部屋に1人で入る。

 真っ白な壁の部屋にクリーム色のソファーセット。

 大きな窓の傍に青々とした観葉植物。

 壁際の棚に女神様を模した祈りの神像が置かれ、女神を模したと思わしき大きな絵画が壁に飾られている。

 ソファーセットの間にはガラス製のローテーブル。その上に自分の顔くらいのサイズの平べったい何かと、小さな水晶が台座に乗せて置かれていた。


 その一対のソファーセットの片方に、1人の年嵩の男性が座り、慈愛の目でこちらを見つめている。

 真っ白な法衣に、金糸で繊細な刺繍がされた赤いサッシュを肩から腰にかけて斜めにかけている。

 子供ながらに一目見ただけで、教会で偉い人なんだろうなと思える威厳が感じられた。

 漂うオーラのような何かに何故か気圧されて、扉の前で固まっていると、



「こんにちは。洗礼の儀の前だというのに呼び出してすまないね。どうぞこちらへ。」



 穏やかな笑みをたたえたその男性の有無を言わさぬそれに、私はこくこくと頷くと、指示された通りに男性の向かいに座った。

 男性は好々爺然とした様子ではにかむと、自分の胸に手を当てて自己紹介をしてくれた。



「はじめまして。私は教会で、教皇というお仕事をしています。」



 まさかの教会の最高権威である教皇様。

 さすがに5歳の自分でも教皇様が教会で一番偉いとか、国で王族と同等に権力がある人だという知識くらいはあった。

 息が詰まり、慌てて背筋を伸ばして襟を正す。

 私を呼び出したのが教皇様だと知れば、180度変わった両親のあの態度にも頷けるものがあった。

 教皇様クラスの人は国教会の奥で過ごしているもので、国内にいくつか点在しているこの小さな教会に足を運ぶなんてありえない。

 何故そんな人がここに?という疑問が顔にありありと出ていたのだろう。

 教皇様は苦笑しつつも、私に説明してくれた。



「君が多くの人の前で洗礼をすると、大変なことになると……天啓を得たのです。」


「てんけい……?大変なこと?」



 理解できずに眉を八の字に下げると、教皇様がわかりやすいように言葉を言い換えつつ教えてくれた。

 洗礼の儀とは、教会に奉じられている水晶に手をかざすことで聖人や聖女候補となりえる神の力、『神聖力』を持つ者を探し出す儀式であること。

 教皇様はその神聖力と共に、神様からのお言葉を貰える『天啓』という力を得ていて、それは洗礼を受けた直後に得たものなのだと。

 洗礼で力を得るのは誰にでも起こり得ることではなく、多くの神聖力を持つ人の中で、ごくごく稀に与えられる力なのだと。



「天啓というのははっきりとお言葉がもらえることもあれば、情景がぼんやりと頭に浮かぶ程度のこともあり万能ではないのですが、君が洗礼を受けた後で得る能力が問題なのです。ですが……君には洗礼を受けてもらいたい。」



 教皇様は机上で滑らせて、私の方へ台座に乗った水晶を差し出した。

 自分が得る能力が問題と言われながらも、洗礼を受けろとばかりに水晶を差し出されて素直に洗礼を受けようとする者などいるのだろうか。そんな者はいないと、5歳の自分でもわかる。


 私が躊躇していると、教皇様は深々と私に向かって頭を下げてきた。

 何度も言うが、教皇様は教会の最高権威で、かつ王族と同等の権力を持っている存在。そんな人間がたかが伯爵家の三男という、いくらでもどうとでもできる小さな存在に頭を下げている。その光景が信じられず、理解できない恐怖に何故か身体が震え身を小さくし、はくはくと荒い息が漏れた。



「君にはつらい思いをさせることになります。ですが、君が洗礼を受けないと、聖女様が見つからないのです。」


「聖女……様……。」



 未だ頭を下げたままの教皇様。

 聖女様は100年に一度生まれる存在。それを見つける為に、皆が洗礼を受けると言われている。

 先代の聖女様は自分が生まれる前に儚くなられており、会ったことは一度もない。


 洗礼の儀式をして聖女様を探しているというのに、見つからないとはどういうことなのか。それも天啓で与えられたということ?

 わからないことばかりで、心がもやもやする。

 教皇様に恐る恐る尋ねる。



「聖女様が見つからないと……どうなりますか?」



 教皇様は徐に頭を上げ私の顔をまっすぐに見て、表情を硬くして答えた。



「300年前、自分の娘を聖女として名誉を得たい貴族が、当時の教会の上層部の人間に金を握らせ、結託して洗礼の結果を偽りました。結果……。」



 教皇様が目線を下げる。



「日照りで作物が育たず小さな川の水は干上がり、多くの餓死者が出ました。生き残った者の中にも疫病が蔓延しました。そこでようやく事態を重くみた件の貴族と教会の人間が罪を告白し、それが発覚しました。国の中で疫病にかかった者が特に少ない村落があり、もしやとその村人全員の洗礼をやり直したところ、聖女様が見つかりました。途端、雨が降り始め、疫病が治まっていきました。」



 5歳の小さな頭で一生懸命考えた。つまり、聖女様が見つからなければ同じ事態になる可能性がある……と。



「何故、毎年大規模に洗礼をしているのに聖女様が見つからないんですか?」



 その質問に教皇様は困ったように眉尻を下げると頭を振った。



「天啓でもそこまでは。」



 教皇様は困ったような笑みを浮かべながら、黙って私の返事を待つ。

 教皇様直々に話をされるということは、ほぼ脅しに近い。自分が洗礼を受けなければ、国が災難に見舞われるのだ。恐らく、自分が是と言うまで、両親に会うことはかなわないだろう。

 小さな小さな頭でよくよく考え、決断した。



 洗礼の結果、私が得たのは『魅了』という力だった。

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